2007-12-01 sábado
週末旅行とはいえ、今回はできるだけ長く滞在したい。ということで久々に朝一番の便。4時半起き、5時出発。6時20分発のミュンヘンへの便からは美しい朝日が見えた。マドリッドへの便ではそれなりの機内食が出てきてちょっと得した気分。

空港でマドリッド・トレド往復の電車のチケットを買った。少し割引が利いて、行きは8.60EURだけど帰りは6.90EUR。地下鉄を3本乗り継いで国鉄の駅へ。マドリッドはほぼ、地下だけで終了。

スペインの国鉄はかなり整備されていて、ほとんど遅れることがないらしい。噂に違わず、電車は時間通りに出発。片道70kmほどを30分でつなぐ。車内は快適そのもの。新幹線とよく似た乗り心地だけど、新幹線では5人分の席が並んでいるところに3人分の席しかない。しょっちゅう旅行をしているけど、今回はいつになくわくわくした。

トレドの駅について通りに出ると、すぐ向こうに街が見えた。丘の上の街っていうのはすごく好きな風景。そこにいたバスがちょうどホテルの目の前まで行くものだった。運賃は90セント。交通機関が安いというだけで嬉しくなる。バスは複雑に絡んだ道路を上って、丘の上を目指す。バスから街並みを見ているだけで楽しい。

街中の道は複雑だけど、ホテルは分かりやすいところにあった。荷物を置いて、ともかく外へ。名物のひとつであるカテドラルには明日は入れなさそうなので、まずはそこを目指した。

スペイン・カトリックの総本山というそれは、セビリアの大聖堂と雰囲気が似ていた。日本人の団体客が何組も来ていた。中には高校生とおぼしき男子の集団もいた。ガイドはちょっと羨ましいな、と思いながらも、そこは一人の気楽さで彼らの何倍もの時間をそこで過ごした。

広場に戻って街を巡る観光トロッコに乗ろうとしたのだけど、満席。そう広い街でもないし、それならば、と歩くことにした。街の概要を知るにはそんなちょっとしたツアーが便利なんだけど、自分のペースで歩いて回るといろいろ見えてくるので楽しい。

半ば道に迷いながら歩いていたら、路地の向こうに川の対岸が見えそうな場所が見えた。行ってみたら思わず声が出た。この、起伏のある景色は筆舌に尽くしがたい。まだ見ていない教会もあったけど、それよりも対岸に渡ってみたくなってさらに歩いた。

シャッターを切りたくなる場所が多くて、対岸に着いたときはすでに暗くなっていた。いたるところにポイントを押さえた照明がなされていて、谷底を流れる川も相まってそれは実に美しい夜景だった。

ホテルに戻り、カメラを置いて少し休んで夕食に出かけることにした。スタッフにお勧めの店を聞いたらとても親切にいくつもの店を教えてくれた。4つめを聞いたところでホテルに電話がかかってきたので、もう十分、と礼を言って出かけた。

一人では気が引けてやりづらいのだけど、バルのはしごをしてみようと思った。一つめのお勧めの店で、ビールを飲みながら適当につまみをもらう。皆が楽しそうに話している中、ぽつねんとカウンターに立って飲んでいるのはそんなに楽しいものでもない。2杯目のビールを飲み干したところで店を出た。

もう1軒の店は、初めに見たときは空いていたのだけど、少し間をおいていこう、と休憩がてら散歩して戻ったら入る隙間がないほどになっていた。最初に行った店も、外まで人があふれていた。少し物足りない気もしたけど、歩いても他に入りやすそうな店もなく、腹八分目で良しとした。

2007-12-02 domingo
対岸の丘のパラドールからの眺めは、エル・グレコの描いたトレドそのものらしい。その絵は見たことがないけど、その風景は是非見てみたい。そんなわけで寝過ごすこともなく、早い時間に朝食を取った。朝食は想像を超えた質素さだったけど、安い宿代に含まれていることを思えば不満はなかった。

パラドール近くへのバスは1時間に1本。15分後、との電光掲示板の表示を見て、少し散歩して戻ると表示が50分後になっていた。何がどうなったのかは分からないけど、それなら歩いていくか、と思って丘を下り橋に出た。

橋まで降りると朝霧が濃く、さっきまでいた丘の上がほとんど見えなくなっていた。それはそれで美しい風景ではあるけど、霧の中を歩くよりは車窓のほうが楽しそうなのでバス停に戻った。それだけでほどほどに時間が過ぎてくれたので、少し待ったらバスが来た。バスは予定より少し早く来たように思う。それで1本前のバスを逃したのか。

パラドール?と聞いて乗り込む。乗客は俺一人。街を抜け、対岸に出るまでに2,3人が乗ってきた。バスはどんどん丘を登っていく。途中から街が見え始めた。これは歩いてくるのは厳しかったな、と思いながら、どこで降りればいいのだろう、と思い悩んでいると、運転手がバスを止めて「ここで降りてその道を上っていくといい」と教えてくれた。

道を上っていく途中でちらっと、街が見えた。ともかくパラドールまで行こう、と思っていたら、建物とは道の反対側にもう一段高くなった丘が見えてきた。ここが絶景ポイントに違いない。道ではないけど人が歩いた跡がある。それをたどり、丘の頂上の岩に立った。

それはまさに期待通りの風景で、感動は期待を越えていた。蛇行する川に囲まれて島のようになっている丘、その丘にびっしりと詰まった家。ハイライトにアルカサルとカテドラル。周りには誰もいない。街を望む一番のポイントを独占しているかのような優越感もあったのか、しばらく感じたことがないほど気分が高揚した。

写真を撮ったりしつつ、とにかくその眺めを堪能した。30分以上はそこにいたように思う。少し離れたところの別の丘に人が立っているのを見つけ、次はそこから街を堪能しよう、と移動した。

もう一つの丘は街に近く、別の角度から見るとまた違って見えるのが面白い。そこでまた眺めを堪能していたら、帰りに使うかな、と思っていた1時間後のバスが丘の麓の道を走っていった。でもそんなことはもうどうでも良かった。

川から立ち上る霧がどんどん濃くなり、街を覆っていった。そうなると、トレドの街は雲の上に浮かんでいるようだった。霧はさらに勢力を増していき、アルカサルの4つの尖塔とカテドラルだけが頭を出すようになった。まったく、最高のときに来たようだ、と嬉しくなった。

霧は薄くなったり濃くなったりしながらも街を覆っていた。そろそろ、いいかな、と思って歩いて戻ることにした。川沿いを少し歩いてみたかった。バスで来たのとは反対側の橋を通って戻る道は意外と近く、ちょうど良い散歩コースだった。

帰りの電車までは少し時間があるはずだったので昼飯を食べることにした。パエリアの写真のついた看板を立てている店が多くて、このあたりの名物というわけでもないからそんなに旨くもないだろう、と思いながらも食べたくなった。

適当に入った店で、パエリアと、グラスのつもりでワインを頼んだらハーフボトルが出てきた。よく冷えた赤ワインってどんなもんかね。パエリアも予想通り、それほど旨くもなかったけどまあ満足。ワインはボトルだったけどグラスで想定していたくらいの安さだった。

ホテルで荷物を受け取り、ちょうどそこにいたバスで電車の駅へ。出発の20分前には駅に着いた。はずだった。余裕の気分で写真を撮り、トイレに行き、ホームに行こうとした。ところが改札は閉じていて、係員はいなかった。

出発5分前。のはずだった。おかしいな、と思って、電車のチケットを見直した。出発時刻は13:50と書いてある。今はその5分前。その瞬間、重大なミスに気付いた。

電車のチケットは飛行機のチケットと同じサイズで、行き用と帰り用の2枚がホチキスで留められていた。飛行機と違うのは、小さい方の半券をちぎって渡すこと。俺が見ていたのは、昨日半券が切り取られた、バルセロナから乗ってきた電車のチケットだった。

恐る恐る、それをめくると、そこには13:25と書いてあった。乗るつもりだった電車は、すでにトレドを発っていた。

やってしまった。

駅舎に戻り、次の電車を見ると、15:50発となっていた。マドリッド着は16:20。帰りの飛行機は16:55発。話にならない。焦りながらいろいろ見ていると、14:20発の電車があるように見えた。それなら間に合う、と期待して切符売り場のカウンターで聞いてみたが、そういう電車はないとのことだった。

代わりの手段を聞くと、10分ほど歩いたところにあるバスターミナルから30分おきにバスが出ているとのこと。これは事前に移動手段を調べていたので知ってはいた。所要時間を訪ねると、1時間くらい、と返ってきた。すでに14:00のバスには間に合いそうにない。14:30のバス。15:30にバスターミナルに到着。そこからタクシーで空港までは20分くらいを期待、か。出発1時間前に到着すれば十分間に合う。

それでなければ、ここからタクシー。タクシーなら確実に間に合う。でも70kmもタクシーに乗ったら一体いくらかかるのか、想像も付かなかった。ここはバスに賭けるしかない。

バス停に歩く途中、気になってガイドブックを見ると、バスの所要時間は1時間15分となっていた。1時間15分かかると、かなり厳しい。さらに、土・日・祝は30分~1時間おきに運行、となっていた。1時間おきだったりすればそれももうアウトだ。

ナーバスになりつつ、タクシーを横目にバスターミナルに到着。幸い14:30のバスはあった。少し気を落ち着かせよう、と思いながら出発を待った。でも全然落ち着けず、14:30発なのは分かっているのに、定刻まで待たずに早く出発しろ、と思った。

あとはただ運転手に任せるしかない。道は空いていて、バスは快調にマドリッドに向かっていった。日曜日だから、道が空いていて期待より早くなるのでは?と思ったら欲が出てきて、バス停から地下鉄で移動する時間があるかも?と思えてきて、念のために地下鉄の路線をチェックした。ありがたいことにバスは期待以上に早く、45分ほどでターミナルに到着した。

空港まで、地下鉄は2EUR。タクシーは20~30EURらしい。もともと、タクシーのほうが断然早い、という判断をしていたはずなのに、可能性が少し見えてきたらタクシーは渋滞にはまると大変だ、地下鉄のほうが確実かもしれない、という金をケチるための方便が頭に浮かんできた。先に乗り場が見えた方に乗ろうか、などと思っていたら、地下鉄の入り口とタクシー乗り場がほぼ同時に見えた。そこで冷静になって、タクシーを選んだ。

タクシーは20分ほどで空港に着いた。出発時刻まではまだ1時間と少しあった。

いろんな意味で、これほど心が動いた旅行は久々。やっぱり、旅はいい。

2007-12-05 Mittwoch
夜、出かけなくていいことが嬉しい。で、ワインを1杯飲んだらソファで寝てしまった。おかげで朝、4時まで眠れず。

2007-12-07 Freitag
しばらく前に、タダだと聞いて頼んだ車のソフト書き換えの料金を書いた手紙が来た。単なるお知らせかねえ、と思うことにしてよく読まずに放置してたら、もう1通来た。仕方なく電話をしたら、2年以上経ってるから保証じゃないと。非常に気分が悪いが払わざるを得ないらしい。大した額ではないから、初めから聞いていればなんの不満もなかったのに。

まじめに請求書を見てみると、ステアリングコラム故障の修理になっていた。何でそれがソフトの書き換えで直るのか、不明。さらに何でそれに8時間もかかって、時間分の料金を請求されるのか。ドイツ人にしては愛想は悪くないのだけど、過去を含めて気に入らないことがすごく多いこのディーラー。もう使うのはやめよう。

そのせいか、気分が悪い。今週はなんか疲れた。そんな調子だったからか、駐車場で車をこすった。全く気分が悪い。

だから今日は家でのんびりしよう、と思っていたのに、ジム友達が別の友達のところに遊びに行こうと言う。すでに数回断っていたので、全然行きたくないのに約束してしまった。断れなかった自分にまた腹が立つ。

かなり低いテンションでまずはジム。いまいちやる気もせず、途中までは運動も楽しくなかったけど、何かふと、苛立ちが消えた。友達のところに行くのも億劫ではなくなった。

で、そこへ。まあだいたい想像したとおりの雰囲気。しばらくはそれなりに楽しめるか、と思ったけど、だんだん聞くのと喋るのがめんどくさくなっていった。

2007-12-08 Samstag
朝、友人宅から帰る。たまに遊びに行くのはいいんだけど、朝まで帰れないのが辛い。また今度、というのはうまく断れるだろうか。趣味じゃないから、というのをはっきり伝えるべきなのだろうけど。

午後、クリスマスマーケットを見に行った。さほど興味もないけど写真は撮りたい。そんなわけで、写真はそこそこ撮った。今までに時々見かけては気になりつつも食べたことのなかったマッシュルームの炒め物みたいなやつを食べてみた。だいたい想像通り、それほど旨いものでもなかった。中華のスタンドで焼きそばを食べた。これも想像通り、そこそこ旨いわね、ってところだった。

こないだ躊躇して買わなかったショルダーを買った。カメラ用の鞄と迷ったのだけど、カメラ用はカメラ以外の収納が今ひとつのようなので、普通の鞄にした。水もガイドブックもひとつにまとめて持ちたいし。

夜、会社仲間からゲーム大会のお誘いを受けた。昨日とはうって変わって嬉々として出かけた。疲れているのはドイツ人とのコミュニケーションになのだろうか。

2007-12-09 Sonntag
ひきこもり。SILKYPIXというRAW現像ソフトの試用版を試す。すごく気に入ったのだけど、これまた安くはない。でも買うのかなあ・・・

2007-12-10 Montag
昨日Onlineで写真を注文しながら他の処理をしてたらPCがほとんど動かなくなった。送信中なので嫌な感じだなあ、と思いつつも、ウィンドウひとつ開けるのに1分かかる状況で通信が生きているとも思えず、強制電源オフ。

注文確認のメールが届いていないことを確かめて、再度アップロード。して、寝た。今日、改めてメールを見たらまだ確認メールが来ていなかった。で、最近、gmailのフィルタが強すぎて、必要なメールがぼちぼち迷惑メールフォルダに入ってることに思い当たる。見てみたら届いていた。途中で通信がハングして無効になったと思いこんでた1回目の分まで。100枚以上注文したのだけど。

ジム友が多少照れくさそうに今日はサボりたいと言ってきた。ひとしきり弱虫扱いしてやったけど、内心楽できるのを喜んだり。ジムにも行かず、酒も飲まないと夜は長いのだな。

2007-12-11 Dienstag
会社のクリスマスパーティー。今年は1次会だけで帰るぞ、と決めて行った。ビュッフェは旨いしビールも飲み放題だし、幸せな感じ。そして予定通り、1次会だけで帰宅。といっても12時過ぎだけど。

2007-12-12 Mittwoch
できあがった写真を取りに行った。間違えて2回注文したんだけど、と言ったらあっさりキャンセルできた。無駄遣いしなくてすんだ嬉しさもあって、8GBのコンパクトフラッシュを買った。これで年末の旅行も安心。

できあがった写真の仕上がりはなんか今ひとつ。プリントサイズを一回り大きくしたのもちょっと響いている感じだけど、なんか色の出方も良くないような。全自動だろうから手抜きってこともないはずだけどなあ。

2007-12-13 Donnerstag
朝方、胸の中央が圧迫される感じで目が覚めた。これまでに感じたことのない種類の痛みだったので多少不安を感じつつ、WEBでいろいろ調べてみた。そのうちに痛みが背中に移動。少なくともシリアスな話ではなさそうなのでほっとしつつも、いい機会なので医者にかかってみることにした。

ドイツでは、何かあればまずはかかりつけの町のお医者さんに行く必要があって、そこの紹介がないと専門医の元に行くことができないらしい。なので引っ越したら最初に主治医を決める、なんて話もあったんだけど、これまで必要なかったのでずっとほったらかしだった。ちなみに歯医者はさすがに、直接専門医に行けば済む。

心電図を取って、血圧を計ってからドクターの元へ。聴診器を当てて呼吸音なんかを確認してもらった。内臓はすべて全く問題ないとのこと。どうやら背骨が少しずれてるとからしい。

その場で矯正を試みてもらったけど、特に効果はなく。薬を出しとくから2,3日はうちで大人しくしてて、とのことだった。処方箋と診断書をもらって終了。薬局で薬をもらい、会社に戻って昼飯を食べて早退した。

それにしてもなんか不思議。胸の中央から右胸、脇、背中と痛みの箇所が動いていく。じっとしてれば平気なのだけど。

2007-12-14 Freitag
痛みは深く呼吸をしたときにしか感じなくなっていたけど、せっかくお医者さんが診断書をくれてウチでおとなしくしてなさい、と言ってくれたのだから、会社を休んだ。同僚には昨日のうちに笑顔で「明日休むから」と伝えておいたし。

駐在も1年10ヶ月以上を経過したのだけど、初めての病欠。基本的に健康。ここ数年、背骨周りのトラブルがぼちぼち発生するけど、それ以外の体調不良は8割方アルコールのせいだったり。

そんなわけで、写真の整理ができた。

2007-12-15 Samstag
久々の晴れた週末。とはいえ、週末ドイツにいることは少なかったけど。晴れ、というだけで気持ちがいい。

土曜の午後は部屋にいられないというのもありつつ、徒歩5分の街へ。クリスマスマーケットでよく賑わっていた。今日の目的は年末の旅行に備えて本気で寒くても大丈夫な上着を買うこと。ダウンが欲しい。が、ピンと来るものに出会えず。うーん、これなら悪くないかなあ、というものはあったけど、その程度の気持ちでは300EURも出す気にはなれない。ミュンヘンの空港には「これや!」ってのがあったんだけど、同じブランドの店でもパダボーンにはないらしい。見た目はいまいちだけど暖かそう、ってものはいっぱいあった。ドイツだしな。

だんだん萎えてきた。数日のために高い買い物することもないだろ、と思うようになってきた。で、結局買えず。年末は持ってる服で耐えよう・・・

代わりにでもないが5EURで写真整理箱を買った。プリントした後にアルバムへの選考に漏れた写真はこちらへ。2箱で1400枚ストック可能。ボツを恐れずどんどんプリントしよう。

友人が日本食を送ってくれた。その中の鍋つゆを見て、夕食は鍋に決定。鍋と赤ワインの組み合わせが良いのですよ。一人鍋ですが、それが何か?

2007-12-16 Sonntag
今日も予報通り、天気がいい。多少寝過ごしたけど、予定通りカメラを持って出かけた。クリスマスマーケットは昼頃にぼちぼち始まるものらしい。まだ開いている店も少なく、人もまばら。

それなりに満足したところで郊外の風景を、と思って車に。寒いとは思っていたけど気温1.5℃。郊外では最低-2.0℃まで下がった。ドライブしているうちに雲が出てきて、なかなかこれ、という写真は撮れなかったけど、風景は最高。ほんと、この辺の環境は素晴らしい。日本に帰ったら北海道に住むべきか?とか思ったりした。

さて。よく分からない痛みはすっかり消えたわけだが、手元に薬が残った。20カプセルのうち4つしか飲んでないから、今後のためにも薬のことを知っておく必要がある。重い腰を上げて辞書を引くか、と思ったけど、その前にWEB検索。あっさり日本語のページが見つかった。日本でも売ってる薬だったらしい。薬ってだいたいそんなもん?

炎症やはれ、筋肉や関節の痛みを軽くします。
ただし、病気の原因そのものをなおすものではありません。

だそうだ。これでまた使える。

2007-12-18 Dienstag
人が来たのですし屋を予約しようと思ったら満席。よく賑わってるようでなにより。クリスマスマーケットを少し歩いたあと、メキシコ料理屋に行った。やっぱここ、うまいや。

2007-12-19 Mittwoch
寒くなってきた。やはり旅行用に何でもいいから暖かい上着があるべきだ、ということで適当な服屋へ。40EURの暖かそうなダウン・・・じゃなくてたぶん綿か何かの詰まったジャケットを買った。

ついでに写真の受け取り。同じ日に3つに分けて注文したのに、1つしかできましたよメールが来ていない。それでも仕上がり品の置かれる棚にはちゃんと全部置いてあった。適当だなあ、と思ったら、こないだキャンセルしたはずの写真も置いてあった。これだからこの国は、ふう。

で、無視して放っておいた。どうなるのかな。

今日はとうの昔にやめてしまった英語のクラスの人たちとクリスマスマーケットに行く予定だったのだけど、繋いでくれた人が風邪で行けないと電話をかけてきた。じゃ、ま、いいか、と思ったのだけど、水曜日のバイク仲間も行くから、ということでそのうちの一人の電話番号を教えてくれた。こうなると行かないのも悪いか、と思って出かけた。

ひとつのスタンドで話をしながらグリューワインを3杯。店のおっちゃんの指揮で合唱が始まったりして、意外と楽しい。日本でも歌われるも~みの木~の歌がOh Tanne Baum~と聞こえてきた。ドイツがオリジナルだったらしい。何度目かにしてようやくクリスマスマーケットの楽しみ方を知った感じ。

そしてバーに移動。以前に同僚宅で飲ませてもらって気に入ってたビールがこのバーのメインらしい。0.25lの小さいグラスで4杯。今日は何かとかまってもらえた感じでいろいろ話せて楽しかった。出かけて良かったな。

2007-12-20 Donnerstag
朝、車の温度計は駐車場から会社に行くまでに-6.5℃まで下がった。昨日買った安物はなかなか暖かくて良い。

帰りは-3℃。車はしっかり凍っていたのでガラスの氷をはがした。去年はこんなに凍った記憶はない。これが本来のドイツの冬らしい。

2007-12-21 Freitag
今日で仕事終わり。明日から冬休み。年末の挨拶をすると共に、年末はどうするの?と聞かれるのだけど、12/23~29がエジプト。29はフランクフルトで1泊して、30~1/3がアイスランド。おお、暑いところと寒いところだ、と言って驚かれる。それはいいのだけど、短い期間に慌ただしく旅行をする感じが日本人っぽくてどうもきまりが悪い。お金の使い方もどうかと思うしなあ。

ジムも今年はこれが最後。ジム友達に部屋でくたーっとする方向を誘われたがあまりそういう気分でもない。で、飲みに誘った。一緒に外に飲みにいくのは実に久しぶり。

運動で消費したカロリーをはるかに超える量を食って、飲んで、喋った。

2007-12-22 Samstag
二日酔いで体調は今ひとつだけど、ウコンのおかげか、飲んだ量を考えればまあそれなり。掃除おばさんが来ないなら部屋にこもってたところだけど、どうせ出かけなきゃならんのでと夕焼けハンティング。天気は最高。

すごいお気に入りの場所を見つけた。この風景はたまらん。
今日の写真を置いてみた。

2007-12-23 Sonntag
今日から旅行。準備は全くしていない。なのに最近、日本のテレビを見る方法を知ってしまったのでM-1グランプリを全部見てしまった。映像と音声の質のせいもあるかもしれんけど、今年のM-1は今ひとつだったような。

1/3に戻る予定です。たぶん後から日記を書くでしょう。



なんとなく、ひとりでふらふら旅行、というのが面倒だった。そんなわけで、今回のエジプトツアーは道連れ付き、カイロ発のツアー。当初はさらに簡単なH.I.S.の丸ごとお任せパックを狙っていたのだけど、のんびりしていたら満員御礼となっていた。ナイルクルーズなんていう優雅なツアーになったのは、単に他に楽そうなツアーを見つけることができなかったからだ。

旅の道連れに16:30にアパートまで迎えに来てもらって、フランクフルト空港に向かった。彼は会社の後輩なので、悪びれることもなく権力を生かして空港までのドライブを押し付けることにした。

空港には3時間前に着いた。飛行機はいつものルフトハンザだったけど、ゲートは今までに一度も使ったことのないゲートC。それは実に寂れたゲートで、この空港の一番古い部分かもしれなかった。出国手続きを済ませた上でカフェでも探そうと思っていたのだけど、カフェなどという気の利いたものは存在しなかった。仕方なく、値段のわりにボリューム感に欠けるサンドイッチと、どこにでも売っている缶ビールを買うことにした。

座席の番号は11Hだった。ずいぶん若い番号なので小さい機体なのかと思っていたら、11Hはビジネスクラスだった。どうしたことかと思って客室添乗員に確認してみると、「そこで合っている、そのほうがいいでしょう?」と言われた。もちろん、と答えながら、礼を述べるのに必要とされる以上の笑みを隠すことはできなかった。

ルフトハンザで初めてのビジネスクラス。離陸前のドリンクサービスにも気をよくされ、幸先のいい旅立ちに乾杯した。

翌朝、4:30ごろ、カイロに着いた。ツアー会社とはメールでしか連絡を取っていなくて、所々気になるところもあったので「実は詐欺でした」とかなったらたまらんよなあ、なんて冗談半分に言っていたのだけど、実は結構心配していた。ツアー代金はすでに全額振り込んであったし。

事前の連絡では、こちらの名前を書いた紙を持って待っている人がいる、と聞いていたので、それを見つけられずにひとり困惑していたら、ツレがツアー会社名を書いた紙を持っている人を見つけた。ともかく第一関門はクリアしたらしい。かなり、ほっとした。

ビザ代は15$。+10$で代行所得しますよ、なんて言われていたのだけど、ガイドブックを見る限りは単にお金を払って買うだけですむようだったので代行は断っておいた。で、実際のところ、ガイドブックどおりだった。簡単だし、早い。それだけのことに10$も払う意味はまったくもって不明だった。

この、ビザ取得がうまくできていて、50EUR払うとビザ代の15$を差し引いて残りをエジプトポンドに両替してくれる。ビザと言うと公的で堅いイメージがあったのだけど、要は入国料なわけで。実質は政府の金稼ぎのために存在するだけなので、日本で言えば証紙といったところ?銀行がついでにやっているのもこう考えると納得。

荷物を受け取り、入国審査を受けたあと、車に案内され、そこで日本語を話すエジプト人のガイドに会った。名はモハメッドさんだそうだ。この後、何人かのエジプト人と会って思ったのは、エジプト人の5割くらいがモハメッドという名前なんではなかろうか、ということだった。

ホテルに向かう車の中からはずっと、ほぼ満月、という月が見えていた。そのすぐ近くに1等星くらいの明るい星があって、だんだん月に近づいているように見えた。ここからわりと近いところで掩蔽を観測してる人がいたりするのかなあ、と学生時代を思い出した。

夜明け前のドライブでは、モスクの影がいくつも見えた。中にはあまり上品とはいえないネオンで飾られているものもあった。ライトアップに関する感性はヨーロッパの教会とは異なるらしい。

ホテルは4つ星。とは言えたぶん価格相応なのだろう、それなりのロビーなのだけど、くたびれていて高級感はない。ポーターへのチップはどのくらいか、とガイドに聞いたら、必要ない、と言われた。でも部屋に着いて、あれこれ部屋の説明をされた後に知らんふりをしていたら、しっかり要求された。

まあ、普通渡すものだろうな、と思いながら、はした金を見せたら少ないと言われた。確かに少ないのだけど、あいにく小銭がない。仕方なく1ユーロのコインを渡した。ポーターは一瞬不満そうな顔をしたのだけど、次の瞬間に計算ができたのだろう、それなりに納得した顔をして部屋を出て行った。

部屋はエアコンと冷蔵庫がとにかくうるさかった。で、止めたら外の音がうるさいことが分かった。さすが4つ星ホテルだな、なんて頭の中で皮肉を言ってみた。こんな時間なのに、活気のあることで。

2007-12-24 Montag
窓からはナイル川が見えた。部屋は9階にあって、見晴らしはよかった。少しはホテルを見直したけど、朝食はしょぼかった。年々贅沢になってきてるかなあ・・・

朝食を終え、ガイドと待ち合わせをした時間まで、ホテル周辺を歩いてみることにした。排ガスのにおい、道端のゴミ、埃っぽさ。どこか知っているような光景だったけど、はっきりとは思い出せなかった。去年行ったモロッコのような気もするし、10年ほど前に行ったインドのような気もした。ともかく、新鮮ではなかったし好きでもなかった。

まずは川沿いに出て、地図と照らし合わせて現在地を想像してみたけれどはっきりとしない。ともかく歩いてみた。途中、今後のチップ用に銀行で札を崩してもらった。しばらくして、地下鉄の駅が見つかれば場所が分かるだろう、と思い、駅のありそうなところを歩いた。そして駅を見つけ、ようやくホテルの場所を知った。ロビーで聞けばすぐに分かる話なんだけど、あえて歩いて探るというのも楽しいもので。

12:45、ホテルのロビーでガイドと合流。数時間前に到着した空港へ再び。車の運転は荒く、クラクションはとにかくうるさく、道路上には日本のような秩序はまったくない。でもごく自然にそれを受け入れている自分がいた。すっかり慣れてしまっているなあ。

寝不足もあって、飛行機が離陸する前から寝てしまったのだけど、気づいたら飛行機は何もない荒野の上を飛んでいた。しばらくすると高度が下がり、川、というかダム湖が見えてきた。アスワンは茶色い砂漠とナイル川だけしかないかのようだった。

当初の予定では、翌日アスワンを観光した上でクルーズが出発することになっていたのだけど、船は今晩出港することになった、とのこと。そんなわけでアスワン滞在はわずか数時間。この街ではひとつのハイライトと言えなくもない、切りかけのオベリスクは見ることができないと言う。もともとツアーのプランにはおかしな所がかなりあったのだけど、これは話が違うんじゃない、と言う感じ。

文句を言ってもどうにかなるものでもなさそうなので、持ち前の柔軟性、というかこだわりのなさを発揮して受け入れ。たぶん最大のハイライトであるアスワンハイダムを見学。夕暮れ時で綺麗ではあったし、その知名度によってちょっとした感動は味わえた。

ガイドはいちおう俺の不満を気にかけてくれたようで、切りかけのオベリスクは柵の外からちらっと見えるから、と連れて行ってくれた。確かに、ちらっと見えた。

そして船にチェックイン。豪華だった。ずいぶん遅い昼食はルームサービスで。そんなにうまくもないサンドと、野菜とフルーツ。夕食まであまりないのでこんなもので腹を満たすのはもったいない、と控えめにした。

少しの間を惜しんで船内探索。そしてデッキからの眺めを堪能。ちょうど日が沈むところで美しい風景だった。水のある風景はいい。

暗くなってから、イシス神殿の音と光のショーに出かけた。神殿へはボートで渡る。これが実に心地よかった。満月が川面に映ってとてもいい雰囲気。

ショーの英語は聞きやすいけどストーリーまでは理解できなかった。努力もしなかったけど、神殿のレリーフを見て、写真を撮るのに忙しかった。レリーフは思ったより彫り深く、光の方向で感じが変わる。すばらしい。ああ、これが太古のロマンってやつか、なんて頭の中でつぶやいた。

フェリーに戻り、食事までの間、デッキから夜景を眺めてた。墓だという山が川に浮かんで、すごく綺麗にライトアップされていた。三脚を使って綺麗な写真を撮ろうとしたのだけど船が進んでいたのでさすがにぶれた。

そして夕食。スペースが限られているからか、8人掛けのテーブルを相席で。隣にはいたのはオランダ在住のマレーシア人だった。見た感じ、日本人と変わらないので中国系だろう。彼らは英語、マレー語に加え、中国語は3つの方言を話すとか。隣の寡黙なツレをよそに、たくさん話した。

ディナーは前菜、スープ、1の皿、2の皿、デザートにはフルーツとケーキと想像以上のボリュームだった。そこまでとは思わずペース配分を誤り、ケーキまではたどり着けなかった。

夕食後、クリスマスパーティという催しがあった。まずはベリーダンス。エジプトではそれが美しいのかもしれないけど、ダンサーの腹の肉が気になってしょうがなかった。動きもいまいちな感じ。次に、くるくる回る男が出てきた。とにかく回り続けていた。よく広がるスカートのような服を変化させながら、10分以上回っていた。これは面白かった。3人目は素人か?って女性のダンス。そんなところで退屈して退散した。

2007-12-25 Dienstag
ちょっと早めの6:45起床。朝食を済ませ、寝ている間にたどり着いた最初の停泊地、コム・オンボで神殿の見学へ。ガイドがその特徴や見所を細かに説明してくれた。日本語でよかった。説明の後、写真タイムということで少し自由時間もあって満足。

船に戻り、クルーズを堪能した。手紙を書いて、景色を眺めて。デッキチェアで昼寝して。12:00なると、クルーが昼食ができたぞー、という感じでドラを鳴らして知らせに来た。ごろごろしてれば食事も出てくる。そしてうまい。幸せ。

食事を終えて部屋で昼寝している間に船は次の停泊地、エドフに到着。ここでは船着き場から馬車に乗ってホルス神殿へ。馬車の交渉といい、神殿の説明といい、ガイドがいるってほんと楽。

部屋に戻るとまた夕焼けが美しく、しばし写真を撮りつつそれを堪能した。この時間にティーパーティーがあると言われていたのだけど、夕焼けを見ている間に終わったのか?バーに行っても何もなかった。

デッキは少し寒いので、夕食まで部屋で過ごした。今日の夕食はビュッフェ。昨日のフルコースと比べるとさすがに見劣りするけど、味はよかった。で、またしても食べすぎ。

夜はガラベーヤパーティと称してエジプトの民族衣装に着替えてのパーティが予定されていたのだけど、客が乗ってこなかったらしい。俺もだけど。会場に行って少し待ってみたものの、パーティは不発に終わった模様。船員は「今回の客はノリが悪いなあ」とでもぼやいていたのかもしれない。

部屋で本を読んで寝た。

2007-12-26 Mittwoch
朝、4:30ごろに船が動き出した。場所はエスナ。昨日の夜からずっと水門の順番待ちをしていたようで、ようやく番が回ってきたらしい。

水門を越える、というのにはすごく興味があった。なので真っ暗な中、寝たり起きたりしながら外の様子を気にしていたのだけど、なかなかそれらしくならない。もう終わったのかな?と思い始めた6:30を過ぎたころ、窓から見える景色が下がっていくのに気づいて急いでデッキに登った。

水門の仕掛けは知識としては知っていたけど見るのは初めて。それなりの大きさのクルーズ船を通すわけで、実際に見てみるとすごい。ちょうど朝日が昇るところで、景色も綺麗だった。

ルクソールにはある意味予定通り、9時過ぎには着いたのだけど、それは西岸観光のための船着場だった。我々の目的地、中心部の東岸に停泊したのは11時過ぎ。そんなわけで観光は昼食後にしましょう、と言われて、1時までデッキと部屋でのんびり過ごした。そして昨日と変わらないビュッフェで昼食を済ませ、1:30にようやく観光開始となった。ツアーの時間管理がいい加減で少しあきれた。臨機応変というべきなのか?

今日の観光はカルナック神殿のみ。ひとつのハイライトのはずだけど、これまでに神殿を3つ見てきたせいか、うん、なかなかのもんだな、という少し上から目線の感動だった。

ここで、50代~60代と思しき日本人夫婦を見た。現在地はどこ?と聞かれて少し立ち話をしたところによると、ケニアから自力で来ているとのこと。それはまたすごいなあ、と思ったのだけど、そのせいでガイドがなくて困ってるんです、という不思議な人たちだった。

その後、香水屋に連れて行かれた。ツアーで土産物屋に連れて行かれるのには閉口するのだけど、ツレは結構楽しそうだった。それを見ていたら自分も、たまには土産を買うのもいいかな、という気分になった。どの香水もきつくなく、さわやかな感じで悪くなかった。でも身につける香水はどうせ使わないので、風呂ライフによさそうなオレンジの香水を買ってみた。そして香水よりこっちがメインかな?というガラスの小瓶も買っておいた。

船に戻って、今日こそは、とティーパーティへ。どうやら昨日はガイドにだまされていたらしい、会場はデッキとのことだった。しかしよくもまあパーティなんて言ったもんだ、という、紅茶とクッキーのサービスだった。

で、本を読みくつろいだ。周りには水着の西洋人たち。あくせく観光しないのもよいなあ。

18:00、すっかり日も暮れた後に馬車での市内観光へ。まず、くさい。まあそれは許せるのだけど、観光なのに見晴らしが悪いという致命的な欠陥が。馬車の席はフード囲まれていたので周りがろくに見えず、前方の視界はガイドの巨体がさえぎっていた。お勧めされたから、せっかくなのでとオプションで付けてみたけど、これで一人$25とは全くひどい。後から感じた相場では、自分で交渉しても$10でおつりが来そうだった。

途中、スークでの自由時間があった。ちょうど、買わなきゃと思ってた2008年のカレンダーがあったので買うことにした。45ポンド(900円)と言われたので、値切って30ポンド(600円)で買った。まだ高いんだろうなとは思いつつも相場を知らないから平気、と気しないことにしていたのに、ガイドがいくらで買ったか聞いてきた。言いたくなかったけど答えると、$1だと言われた。余計なことを。

夕食は今日もビュッフェ。とびきり豪華なのは初日だけなのね。席は初日に座ったところに固定のようで、マレーシア人たちとはすっかりお友達になった。

明日は早い。備えて早く寝る、つもりが読書にふけってしまった。

2007-12-27 Donnerstag
長い日。

朝5:00に起きて、熱気球ツアーに参加。ガイドはクルーズ船のロビーで我々をツアー会社の人に引き渡してバイバイ。電話での予約と早起きでいくらマージンが取れるのだろう、とか考えてしまった。それでも直接交渉より安くつくという噂もあるけど。ま、少なくとも楽。

ボートに乗り、インスタントコーヒーとちょっとしたケーキを振舞われた。ホテルなんかでもコーヒーといえばインスタント。エジプトではそんなもんなのかな。その間にキャプテンって感じの人が乗り込んできて、注意事項を説明した。流暢なんだけど癖のあるアクセントで、理解は半ば。

そして対岸に渡り、車で気球乗り場、というか畑の空き地へ。そこではすでに膨らみかけた気球を10人くらいが引っ張って押さえていた。風が強いというのもあったけれど、必死で怪物に立ち向かう人々、みたいな。

気球が地面から離れる程度に膨らんでからかごに乗り込み、さらに準備を待った。毎日やってるはずなのに、すべてが人力で、しかも洗練されていない。実際のところは知らないけど、たぶんヨーロッパでは気球ひとつ飛ばすのに何十人もの人を必要とはしないと思う。

そんな努力の後、気球をトラックに固定していたロープが外された。そのまま上に上がるものかと思いきや、しばらく地面を引きずって、2、3度弾んでようやく飛び立った。

空からの見晴らしは最高だった。ちょうど朝日が昇ってきて、神々しいほどの風景。

かごは重量配分の観点からだろう、9つの区画に区切られていて、中央がパイロットとガス、バーナー。他の8つが乗客スペース。一区画あたり4人が乗るのだけど、同じ区画に入ってたおばちゃん二人がふくよかな方で、ちと狭かった。

着陸したのは離陸したのとは別の場所。やはり2、3度弾んで地面を引きずって。出発が5番手くらいだったのに到着はダントツ一位だった。高いところを一息に飛んでしまい、他の気球と比べるとちょっとサービス不足じゃない?とも思ったけど、満足。

が、ここからが長かった。狭いかごに入ったまま、迎えの車を待った。こっちは狭くてたまらん、という感じなのに、キャプテンは気球を交代要員に任せてタバコ吸ってるし。2、30分待ってようやく迎えが来て、かごから出ることができた。

予定の時間を30分以上オーバーして、車と船での帰途についた。同じ車に乗っていた別のグループは、飛行機か電車の都合で8時に戻らないとまずいようであせっていた。この遅れは全部、不要な待ち時間のせいという感じ。これがエジプトさ、とでも言って済ませるのが正しいのだろうけど、まったく持ってすべてが洗練されていない。

船着場に着いたら船が待っているのかと思いきや、そこから話が始まって、さらにはいったん乗った船から別の船に乗せかえられ。対岸にはホテルまで送ってくれる車が来ていたけど、これがなかなか走り出さない。これは歩いたほうが早いな、ということでツアーの人に別れを告げた。

予定より1時間遅れてクルーズ船に戻った。朝食は逃したな、と思ったけど、思ったより終了時間が30分長かったので無事ありつけた。例のマレーシア人もちょうど同じ時間に来ていて、気球の話を聞かせたりした。で、今になって名前を聞かれた。普通は聞くもんだよな、と思いつつほっといたのだけど。でも、これが最後のチャンスと知りつつも、アドレス交換は申し出なかった。

次の観光は昼食からスタート。それまでの間、ルクソール博物館に行くことにした。王の像は全部同じ顔に見えたけど、ツレにはなんとなく違いが分かるようだった。

腹の調子がよくない。連日の食べ過ぎで胃が疲れているのか。今日は控えよう、と思いつつも、昼食はまたしてもビュッフェで、十分に食べてしまった。

食後、車でドライブしつつ西岸へ。目的地は王家の谷。それはこの旅のひとつのハイライト。谷にはNHKの車が止まっていた。わざわざ日本から持ってきてるのかな。

見れるものは見ておこう、という方針だったので、オプションのツタンカーメンの墓に入った。80LE(1600円)と、入場料は高い。でも中は地味で狭かった。殺風景な部屋にミイラがひとつ横たわっているのみ。そこにロマンを感じるべきなのか。

他に入った3つの王の墓は、壁の装飾というか絵が見事だった。でも一番印象に残ったのは谷そのものの地形だった。よくこんな谷があったなあ、とも、よくここを見つけて墓を作ったもんだなあ、とも。

そしてハトシェプスト葬祭殿へ。たった一度の儀式のためにこんなものを作るとは、という驚きもさながらに、この名前からはテロを思い出さずにはいられない。ここにもNHKがいた。アナウンサーと思しき女性がカメラに向かって何か話していた。

王家の谷もハトシェプスト葬祭殿も日差しが強かった。冬でこれだから、夏に来たら死ぬな、と思った。ガイドによると、夏の気温は50℃に達することもあるらしい。すごいものを見ていると感じながらもなんとなく体がだるく、思っていたほどには心が躍らなかった。

そして土産物屋タイム。今日はこの辺り名産の石の置物。磨く手順をデモして、マーケットで売られている贋物は簡単に壊れる、と言ってそれを叩き割って。それっぽいお土産にはなるんだろうけど購買意欲はなし。それでも飲み物のサービスはありがたくいただいて、トイレも借りた。ツレは何か買っていた。

アスワンで乗れなかったから、と、フルーカに乗りに川へ。ところが普通のボートに乗せられ。あれ?と思っていたら、川の上でフルーカが近づいてきて、それに乗り移った。エンジンがないから接岸すると面倒なのかな。短かったけれど、ゆったりした時間だった。風に吹かれながら見る夕暮れは美しかった。

続いてルクソール神殿の観光。パリで見たオベリスクがもともとあった場所。てっきりフランス人が勝手に持って帰ったのだと思っていたのだけど、ここの王様が親交の証に送ったのだそうだ。盗まれたわけじゃなかったんだと知って少し心が和んだ。

これでガイドツアーは終了。次は空いた時間に自力でカルナック神殿の音と光のショーへ。ガイドとはいったん別れたけど、神殿まではそれまでに乗っていたタクシーで連れて行ってくれた。

到着はショーの1時間前。近くには見所もないので、そこにあった店でくつろぐことにした。冷蔵庫をのぞきながらビールある?と聞いたら、これ、エジプシャンビール、グッド。とひとつを勧められたので、じゃ、それ、と言ってもらった。ノンアルコールビールみたいな味がする、いまいちだなあ、と思ってよく見たらノンアルコールビールだった。

適当な時間になったので入り口に移動して、ショーが始まるのを待った。ショー開始とお祈りが同時だったらしい。音と光のショーの音の部分はモスクのスピーカーから流れてくる大音量のアラビア語とミックスされて完全にスポイル。人も多すぎで、遺跡を近くで見ることもできないし次のポイントにたどり着く前に次のシーンの音が始まってしまう。もともと英語を理解しようとする意欲はなかったので大きな問題ではなかったけど。

ショーの開始を待っている時点で尿意を感じ、密かな戦いが続いていた。実はそれもあって落ち着いてショーを見ていられなかったのだけど、このまま最後までは持たないという危機感を強くしたころ、幸いにしてトイレに行けた。いつもより多くのチップが必要となったけど。

泉の前に座って、落ち着いて最後のシーン。でもすでにストーリーを理解することを諦めていたのでそれほど楽しくなく。うとうとしてしまった。モスクからの騒音は止まっていたけど、依然としてクラクションとかの街の騒音は聞こえていた。初日に行ったイシス神殿のショーのほうが断然よかった。

少し疲れを感じていたけど、歩いて中心部に帰ることにした。ツレが僕は歩きでもかまいません、と言ったのは、どちらかというと歩いてみたいという意思表示のように見えたし、自分自身も歩いてみたいという気持ちがあった。ところがこれが疲れた。歩きだけあって街はゆっくり見れた。でも馬車ツアーと同様、それほど楽しいものでもなかった。

そして歩き方にあったレストランへ。互いにLEの持ち合わせが少なく、店の前で札を数えるありさま。それを見ていた店員が、それだけあれば十分、と言って招いたので中に入った。たぶん別の通貨も使えるのだろう。

胃の不快感はかなりのものになっていたけど、これは空腹によるものだと信じて食べることにした。伝統料理だというTAGENというものを注文してみた。すると、ソバめしがきれいに盛られた皿と、石焼きの器で煮込まれた料理が出てきた。白身の魚と野菜をトマトソースっぽいもので煮込んだもの。おいしかった。食事をしたら胃は少し落ち着いた。と感じた。

ガイドとホテルで合流。空港に向かう途中、腹に溜まったガスを放出したいという欲求に駆られる。が、微妙に危険を察知した。腹に溜まっているのは固形物ではなさそうだ。だが、だからと言ってガスとは限るまい・・・

こらえて空港のトイレへ。悪い予感は的中、出てきたのは完全な液体だった。今朝までは便秘と格闘していたというのに。

23:30の便でカイロに飛んだ。ホテルに着いて寝たのは2:00ごろ。でもその後、何度も起きてはトイレに行くはめになった。脱水症状を自覚して、明日の観光に行くべきか否か、迷いながら眠った。

2007-12-28 Freitag
朝、起きたくもなかったが起きないわけにはいかず。いずれににしても朝食は無理。それは無謀。というもの。なので、ツレが食事に行っている間、少しでも、と横になっていた。

体調的には完全にNGだったけど、さすがにピラミッドには行くことにした。それはこの旅行で一番見たかったものなのに、心は躍らない。体がちゃんと機能していてこそ心は踊るもの、というのは分かっていた。ただ、それでも、その巨大な石積みには感心した。

ツレはラクダに乗った。が、俺は車で移動した。ひとつのピラミッドに入った。暑く、狭く、空気の悪いその空間でさらに体力を消耗したらしい。スフィンクスの周りを歩くのはかなりしんどかった。感動もないまま、写真だけは撮った。

対処としては間違っていると知りつつも、水分補給を押さえたおかげでトイレに行く必要はなかった。だけど歩いて車に戻ったとき、この後の観光をリタイアする決心はついていた。

ホテルに返してくれ、とお願いしたけど、行程の都合上、パピルス屋へ。大学で日本語を勉強したという係の女性がパピルスの作り方を説明してくれた。でも丁寧な説明に目を輝かせることもなく、ただ立っていることの辛さだけを感じていた。ツレが店を物色している間、ずっと椅子に座っていた。

店を出たところでツレが職場の旧知の人と偶然遭遇。でも驚きの場面にも微妙な反応しかできず。なんとか愛想笑いを返した。

次のカイロ博物館でガイドと別れ、ホテルに送ってもらった。あとは睡眠、トイレ、読書。途中、熱も出てきたらしく頭痛が。どうしたものかと思いつつも安静にしているしかない。持ってきた薬を飲んで、睡眠、トイレ、読書。

薬が効いたのか、夜にはずいぶんマシな状態になっていた。ひとりで放置してしまったけど、ツレが楽しめたようなのは幸いだった。

2007-12-29 Samstag
多少心配しつつ朝食を取った。昨日は結局ほとんど食べていないし。体はずいぶんすっきりしていたので動けそうな気もしたけど、カイロの喧騒を楽しむには力不足と判断して、昼までホテルでおとなしくしていることした。この後アイスランドも控えているし。

おさまったかと思っていた下痢はまだ治っていなかった。正解だったな、と思いながらホテルで本を読んで過ごした。昼、迎えのタクシーに乗って空港へ。結局、カイロはほとんど見ず終いとなった。

そしてフランクフルトのホテルで一泊。

2007-12-30 Sonntag
12:00にホテルを出て空港へ行き、レイキャビクへのフライトのチェックインをしにカウンターへ。すると、予定より40分、搭乗開始が遅くなるとのこと。ま、よくあることだけどそれならもうちょっとゆっくりできたかな、くらいに思っていたのだけど、電光掲示板にはFI521便の予定時刻とゲートが表示されていなかった。

どうしたことか、と待つこと2時間。外に出てチェックインカウンターに行け、という放送がかかった。本格的に遅れているらしい。本来の出発時刻は13:40なのだけど、15:30現在、折り返しで乗る予定の便がまだアイスランドを飛んでいないとのこと。多分20:00以降になる、とのことで、15EURの食事券をくれた。

空腹は感じていなかったので食事券は後に取っておいて、さらに待つ。本は1冊で十分、と思って残りをあずけてしまったので、このままでは持たない。で、暇つぶしのためにSudokuを買った。18:00ごろ、そろそろ済ませておくか、と思って食事。終えて、そういえばFI520便の到着予定はどうなっている?と思って見てみると、22:14到着予定となっていた。

これはどうしたこと?と思い、改めてカウンターに行くと、今度は夕食分、20EURのバウチャーを発行していた。でも、たった今食事を済ませたところなので使い道がない。ということで、暇をもてあましていることもあり、店の多いターミナル1に移動した。

空港の店で20EURで何を買うか?というのは案外面白いテーマで、主に電気屋を中心にいろいろ見て回った。しばらくして、帽子を見つけた。寒いアイスランドのためにぜひともひとつ欲しい、と思っていたところ。うまい具合に気に入ったものが見つかって、いざ購入。と思ったら、バウチャーは食事専用となっていた。

帽子は気に入ったので買ったけど、暇つぶしのネタを失ったのでターミナル2に戻り、改めてレストランへ。腹は減っていないので、スパークリングワインとつまみをもらって暇つぶし。同じ店には同じ境遇の客が大勢いた。噂には聞いていたけど、アイスランドに年を越しに行く日本人はほんとに多いらしい。

結局フライトは10時間のディレイ。アイスランドはかなりの悪天候で飛べなかったらしい。アイスランドの空港で10時間足止めされていた、という日本人が、これからアイスランドに向かおうとする日本人にいろいろ伝えていた。

かろうじて、日付が変わる前に出発した。

1時間の時差があるおかげで、アイスランドの空港には2:00過ぎに着いた。すべてのフライトが遅れていたようで、同じ時間にいくつかの便が到着していた。

まず最初の関門はレンタカー。予約をしていたのでフランクフルトで待っている間に電話してみたのだけど、繋がらなかったので多少不安だった。

カウンターは閉まっていた。となりのAVISに人がいたので聞いてみたけど、他の会社のことは知らない、と。観光案内の窓口で聞いてもカウンターに行ってよ、ってことだったので改めてカウンターをよく見てみると、電話が置いてあった。かけてみたら、15分待って、とのこと。さすがに飛行機のディレイには対応してもらえるようでほっとした。

鍵を受け取り、車へ。今回の相棒はSUZUKI Grand Vitara。ジムニーはアイスランドではこういう名前で、結構人気があるらしい。悪路に強く、そこそこコンパクトで、性能の割に安い。というのが人気の秘密かな、と想像してみた。

吹雪の中、50km離れたレイキャビクへ。第二の関門はホテル。場所を地図上で確認していなかったので、住所と観光案内所で手に入れた市内の地図だけが頼り。通りの名前は地図には載っていなかったけど、微妙に綴りが違うけど似ている名前を見つけて行ってみた。幸いにして、そこに、ホテルはあった。

朝4:00にチェックイン。当たり前だけど、予定より10時間ほど遅くなった。けど、参ったな、というよりは、ともかくたどり着けて良かった、という気分だった。

2007-12-31 Montag
9:00朝食。ヨーロッパのそれなりのグレードのホテル、という感じのビュッフェで満足。
10:00、まだ真っ暗。それでも短い日照時間を有効活用すべく、観光に出発。今日はゴールデンサークルツアーと称してドライブ。そろそろ太陽が地平線から頭を出したかな、という時間になっても、曇っていて暗い。灰色の世界ではあったけど、まさに大自然の中を走るのは楽しかった。

名所のシングヴェトリルを1時間ほどかけて歩き、次なる目的地へドライブ。すると、見事にスタックして動かなくなっている車がいた。雪の上に乗っかり、右前と左後の車輪を空転させていた。押したり、タイヤの下に石を引っかけてみたりと多少はあがいてみたけど、すでにかなり空転させた後でどうしようもなかった。

正直、面倒なことに巻き込まれた、と思った。貴重な日照時間を身の程知らずの間抜けのために消費するのがもったいない。でも放っておく訳にもいかず。4人家族の父親を乗せて、近くの観光センターに引き返した。

センターにはすでに誰もいなくて、公衆電話からレスキューを呼ぼうとしたが繋がらず、ツレの携帯から緊急ダイヤル112にかけて助けを呼んだ。

ずいぶん時間をロスして戻ると、インプレッサはすでに通りすがりの人に救助されていた。そのまま返ろうとする父親にレスキューをキャンセルするように電話をかけさせたけど、うまく繋がらなかったようだった。で、簡単に諦めて我々に礼を言って去っていった。その後レスキューがここに来るのか、とか、こんな身勝手な人間のために時間を無駄にしたのか、と思うと気分が悪かった。

ただ、彼が娘に日本語で何か話すように促して、彼女が困惑したあげく「おはよー」と言ったのがほほえましかった。彼女はその後思い出したらしく、「ありがとー」と言った。それには少し救われた。

時間がなくなってきたのでゲイシールに行くのはやめた。代わりに別の名所に立ち寄って帰途についた。10時にはまだ暗かったので2時にはまた暗くなってしまうのか?と思っていたのだけど、なかなか暗くならない。よくよく考えてみると、アイスランドはロンドンと同じ時間を使っているけれど西経22度くらい。太陽が南中するのは13:30くらいになるようだった。

5時過ぎにホテルに戻り、夕食について訪ねてみると開いているレストランは限られているとのこと。一番早く開くレストランは大晦日ディナーのみ、とのことだった。Webで検索しているときにそういう話を見たことがあったので、まあそれも良かろう、と、そのレストランに行くことにした。

で、価格にびっくり。唯一のディナーコースは9,900ISK。約16,000円。高いとは思ったけどそこまでとは・・・こうなればもう一緒だな、ということでワインのボトルも頼んで、2007年最後の食事は、少なくとも金額的には、実に豪華なものとなった。

店には福岡の田舎にホームステイしたことがある、という女性の店員がいた。舌足らずな日本語のせいで、すごく可愛く見えた。が、ツレは他の客と英語を喋ってるときはフツーですよ、と言っていた。

食事を終え、ホテルへ。花火を見に行くため、11:45に集合、もしいなければスルーで、と話して、各自部屋に戻って休憩。11:30ごろから花火が激しくなっていた。待ち合わせぎりぎりにロビーに降りると、ツレはいなかった。花火がすごい勢いで上がっているので気になって、外に出た。なかなかツレが来ないので、もう先に行ったのかな、と思って教会の丘に登った。

噂に違わぬ、花火の競演だった。360度、どこを見ても花火が上がっていた。すぐ近くでも上がっていた。ひとつひとつは日本の花火ほど大きくないけど、とにかく至る所で上がっているのがすごかった。花火は低い位置で花開くし、この日はすごく風が強かったので危ないなあ、と思いつつも、とにかく圧倒された。

ツレはちゃんと見たのだろうか、部屋を確認するべきだった、と思いながら、花火に満足して寝た。