2006-12-01 Freitag
もう12月。でも今年は異常に暖かくて天気がいいらしい。雪も11月の頭にちらっと見たくらいで、それ以来全くそんな気温にもなってない。ありがたいことで。

今日は久々にワインクリューガーに行った。雰囲気もいいしワインも料理も旨い。そしてなぜか出張者にやたら受けのいい店員の女の子がいる。ドイツ人には珍しく物腰の柔らかさがあって、2回しか見たことないのによく覚えてる。なのにたまにしか来ないのは何でだろう。

2006-12-02 Samstag
天気がよかったので、ちょっと前に人に聞いて気になってたヴェーヴェルスブルクに行ってみた。空港のほど近くにあるその城は、上から見た形が2等辺三角形という珍しいもの。元々はパダボーンの司教の別荘みたいなもんだったんだけど、第2次世界大戦中にはナチのSSのたまり場になっていたという暗い歴史も持つ。養成所なんかよく知らんけど、とりあえず何やらの拠点で、かのヒムラー氏が仕切ってたそうな。

丘の上に建ってるそれはなかなか立派。そして中にある博物館がこれまたなかなかのもの。俺のほかにほとんどお客さんはいなかったけど。中にこの地方の17~18世紀の古地図があった。すごく欲しい。どっかで手に入らんものか。

城の隣には別の博物館があって、そこは入場無料でナチSS特集といった様子。自虐史観ってのとは違うだろうけど、ちゃんと伝えていきましょう、という姿勢ね。ドイツ人を見てると、ナチに関しては当然加害者としての認識もあるわけだけど、俺たち(民衆)も被害者だって意識があるような気がする。

でまあ、いろいろ資料があるわけだけど、ちゃんとタイプされたものが多くて、当時すでにタイプライターが使われてたことを再認識。通達文書とかレシートとか、今のとそんなに変わらないんでは?日本語だとそうはいかんからなあ。

DVDを買った。冬の旅行に向けてカサブランカ。それを探してるときにカタカナが目について思わず手に取ったカオス(邦画)。日本語で映画が見れるってのと主演が中谷美紀だったので、あまり好みじゃなさそうな映画だったけど買ってしまった。

で、見たわけですが。まずカオス。映像の質もいいし役者さんも悪くないんだけど、なんか薄っぺらいというか、お話が今ひとつなのか、後に何も残らない感じ。主演がさくっと死んでそのままってわきゃねぇよな、って想像も働くし。

そしてカサブランカ。さすがに名作といわれるだけのことはある、良さは伝わってきた。けど英語だしみんなしゃべりすぎだし。古い映画って映像が今ほど凝ってないぶん、台詞が多いのかな。で、あとから調べて補完してみた。これもまたナチが出てきてドイツが悪く描かれてるなあ、と思ってたんだけど、戦争中のプロパガンダ映画だったのね。大戦中にこんな映画作ってた国に勝てるわきゃねぇよな、って思った。

2006-12-03 Sonntag
Bad Lippspringeのイタリア料理屋Pompeiでランチ。何回目だろ。気持ちよく飲むために今回もチャリで。久々に鯛を食べた。旨い。フライじゃない魚ってなかなかたべれんしね。

食後、街を散歩するとクリスマスマーケットをやっていた。日曜にも店が開いてるし、露天もたくさん人もたくさんでいい感じ。

2006-12-04 Montag
ジムでぶら下がってみた。懸垂が1回もできないのは予想通りだったんだけど、足の長さが違うことに気づいたのが何となくショック。30にもなるとバランスが崩れてくるもんなんやろか。

2006-12-05 Dienstag
朝、会社に行くとき14℃。夜、ジムから帰るとき、16℃。8月の寒かった日より気温が高い。

2006-12-06 Mittwoch
今日は水曜日。だけど久々に外食はなし。うちでのんびり、Sektをあけた。なんとなくクリスマス気分?

2006-12-07 Donnerstag
英語のレッスンで一緒の人がスカイダイビングをかなりやっていたと知った。おすすめはベルリンだったけど、この近辺でもできるところがあるらしい。来年の夏は落ちるぞ。

2006-12-08 Freitag
ボーナス日。といっても日本の口座に振り込まれて借金返済に吸収されるだけですが。借金が減っていくのは嬉しいことです。

缶詰をあけて日本酒をちびちびやりながら風の谷のナウシカを見た。有名だけど見たことなくて、こないだ漫画を読んだら映画も見たくなったので。映画と漫画で全然ストーリーが違ったのなー。変に原作を引きずって2時間に収まらない駄作をよく見るけど、これは映画は映画でよかった。巨匠と言われる人だけにあたりまえかもしれんけど、逆に誰が見ても駄作って映画はどうして作られるんだろ、と思ってしまった。

2006-12-09 Samstag
天気がよかったので出かけることに。さてどこに行こう、としばし悩み、思いついたのがドレスデン。さすがに宿の予約がいるか、と思っていつものホテル予約ページを見てみたが空き室なし(当日で無理だっただけかも)。そこでふと冷静になって地図を見て、思いつきで行くには遠すぎることに気づく。で、近場でまだ行ってない世界遺産、ヒルデスハイムに行くことにした。

途中で前からちょっと気になってたCorveyという城に立ち寄る。特に有名でもなさそうなんだけど、広い敷地に屋敷と教会があって、いい感じ。冬の間はそうなのか、中に入れなかったのはちょっと残念だけど。

峠を越えて目的地へ。まずは車を止めたすぐ近くにあった教会を見学。飾り気のないステンドグラスに落ち着いたモザイクのガラス、シンプル。そしてひときわ目立つ、巨大なパイプオルガン。今までに見た中でも一番大きいかも。パイプオルガンってええわ。

そして世界遺産、ミヒャエリス教会へ。ガイドブックには13世紀の木製天井画は必見、と書かれているのだが。修復中なのか何なのか、中に入れず。外見も立派だけどこれにはがっくり。

せっかくなので街も歩いてみた。そこそこの規模でクリスマスマーケットをやってた。そこら中からお菓子の甘いにおい。でも甘いものを食べる気にもならず。車で来てるのでグリューワインを飲むわけにもいかず。そこで見つけたのがハム。でかくて暖かい肉のかたまりを切ってパンに挟んで喰う。旨かった。

ついでにハノーファーも見て帰ろうか、と思いつつ、ちいと疲れたのでアウトバーンをすっ飛ばして帰宅。思いつきでいろいろ見れるのがドイツ生活のいいとこだな。

2006-12-10 Sonntag
部屋にこもってると参ってしまいそうな気分だったので外出。今日も晴れ。泉から流れる川のほとりを歩き、ドームからの鐘の音に耳を傾け、中に入って長椅子に座り、ステンドグラスやら彫刻を眺めてると心が落ち着く。

パダボーンもクリスマスマーケットで賑わってる。初めて飲むグリューワインはすこし香りがきつかったけど暖かくて。少しずつそれを口に入れながら、周りではしゃいでる子供たちを見ていたらなんとも安らいだ気分になった。

2006-12-11 Montag
ジムでいつも帽子をかぶっている人を見かける。屋内だし、暑くて邪魔なだけだと思うんだけどなんでかぶってんだろ、と思いながらふと。その帽子、すごく臭いんじゃなかろうか。・・・余計なお世話か。

2006-12-12 Dienstag
今年の漢字とか今年の名前とか。年の瀬ですなあ。それにしても、ここ10年くらいに生まれた子供の名前、よう分からん。俺からすれば奇抜な名前やのう、と思うようなのが今時の学校ではかぶっちゃったりするわけだ。もしかしたら「ひろし」とか「たかし」とかも当時奇抜な印象だったのか?

いや、そんなことないは気がする。

2006-12-13 Mittwoch
ALDIのお釣りにオランダの2セント。オランダコンプリート。あとは厳しいところだけが残った。

2006-12-14 Donnerstag
寿司屋にて。出張者を含めた麻雀市場が想像以上に大きいと聞かされる。全自動卓を部屋に置くべきだと。軽く調べた限りでは思ったより高い。さすがに買わないだろうなあ。

2006-12-15 Freitag
ベトナム料理屋へ。何度も行ってるけど生春巻きを食べたの初めて。旨かった。

2006-12-16 Samstag
少しくらいは旅行の準備でもするか、と始めて10分。これといって準備ってモノもない。床屋に行ってさっぱりして、動きやすい服を買ってきた。そんなとこか。

2006-12-17 Sonntag
引きこもりの日。

2006-12-18 Montag
最終週。何かあった気がするんだけど、忘れた。

2006-12-19 Dienstag
会社のクリスマスパーティ。楽しかった。

立ち飲み席でずっとしゃべってたんだけど、改めてドイツ人でかいなあ、と思った。あと、顔を近づけてしゃべるからってのもあるけど顔にすごく息がかかる。別段不快でもないけど、この辺に発音の違いがあるのかなあ、などと酔っぱらいながらいろいろつまらんことを考えてしまった。

12時に会場を追われ、それでも飽きたらずに別の店でもう1杯。初めて話したたくさんの人に名前を聞いて、すべて忘れました。

2006-12-20 Mittwoch
今日が冬至?ともかく日が短い。でも寒さはそれほどでもなく。これから上り調子ってならこの冬、勝ったも同然やな。

昨日の酒が多少残っててけだるい日。一番長く話した人(名前は忘れた)に会社で会った。今日は朝起きれた?と聞くと、いや無理。でも2件目の店が適当な時間に追い出してくれてよかったな、と。まさに。

2006-12-21 Donnerstag
詰め物外れて歯医者再び。でも今回はクリーニングだけ。来年、2回に分けて詰めることになった。小さい穴だけどこれで年越しってのも微妙な。

英語のクラスでクリスマス。パーティではなく、街中のマーケットへお散歩。割とよくある話らしい、そういうグループで賑わってるのかな。今までで一番の人出だった。

何をするかといえばマーケットを歩きつつ、グリューワインを飲んで歓談なのだけど。今日はちょっと変わったグリューワインを教えてもらった。ひとつめはシナモンたっぷりの、直訳すると「あったか農婦」ってやつ。それを出してる店にはロバと牛と羊がいた。クリスマスがキリストの生誕を祝うモノなので、家畜小屋を併設するんだとか。

もう一つは砂糖にラムをぶっかけて燃やしたやつが入ってるらしいグリューワイン。濃厚な味でアルコール度数も高め。話が弾んできたので、これを2杯。全部でたった3杯だけど、しっかり酔ってしまった。

4人で出かけて俺だけ支払いなしで終わってしまった。でも来年、なにやらの祭りで次の機会があるらしい。それまでにもうちょっと英語もドイツ語もできるようになってたいもんだ。

2006-12-22 Freitag
締め日。と言ってもすでに今日から休み、って人が多くて食堂は閑散。さらに午後早い時間にほとんど皆退散。俺も何とか、年越したら気持ち悪い仕事は片付けることができた。

2006-12-23 Samstag
そんなわけで今日からお休み、目指すはモロッコ。帰るのは1/1。飛行機だけ取ってホテルも決めずバックパックでなんて学生以来。たぶんホテルのランクはあがるだろうけど。この歳でまだそんな旅行が楽しめるもんだか、ぼちぼち不安。

準備も終わり、部屋で一人、手持ちぶさたになってしまった。で、2時間前に空港に到着。カウンターはまだ開いてない。空港は閑散としていて、他に客はほとんどいない。フランクフルト行きはパダボーン空港の本日最後のフライトだった。

機体は小型で、客席はわずか14列×4列。客はさらに少なく、たったの7名。うち3人はフランクフルトに戻るルフトハンザのパイロットらしい。ここまで客が少ないのは初めて。金額も国際線のおまけみたいなもんだし、機内サービスに飲み物を出してもらうのも申し訳ないくらいだ。

フランクフルトでしばらくの間、乗り継ぎ便を待つ。カサブランカ行きは対象的に満席だった。機内持ち込み手荷物の制限を厳格に適用するってアナウンスがあったのに、何とか機内に持ち込んでやろうって奴らが多く、搭乗が終わるのにえらい時間がかかった。

隣に座ったのはモロッコ人か?落ち着きがなくて非常にうっとおしい。こんなんで旅行が楽しめるのか?と早くも不安に。と思ってたら彼はイタリア人だった。明らかにトイレに行きたがっていたけど食事が邪魔で出られない、ってのが分かってちょっとおかしかった。俺は通路側、食事が片付けられるとすぐに、通して、と言われた。

戻ってきた彼が話しかけてきた。中国人か?と。ひとこと口をきけば何となく気が許せるもんらしく、相変わらずごそごそとうざったかったけど気にならなくなった。

2006-12-24 Sonntag
深夜、カサブランカ空港に到着。早朝、列車でマラケシュに移動。マラケシュ泊。

飛行機は少し遅れてカサブランカに着いたらしい。どうせ朝まで電車を待つのだ、いっそのこと3時間遅れとかになってくれたらよかったのに。外に出ると落ち着いて休めるところがないかなと思い、あえてパスポートコントロールの手前で寝ようとしたけど眠れず。なんとなくクローズされそうな雰囲気を感じて外へいくことに。適当な時間に出ておいてよかった気がする。

ドイツはVISAを持っていると出国時にスタンプを押してくれないらしい。パスポートに出国の印がなかったので、「どこから?」と聞かれた。日本語で。おどろいた。気のせい?そんなに日本人も来ないところかと思ってたけど、早速カタカナのおみやげ屋を見つけてしまった。すごいぜ日本人。

その昔海外旅行をしたときは空港ですでに異国情緒を味わったもんだけど、今は日常が異国。空港なんかはモロッコの中でも進んでいるところだろうから、基本的にヨーロッパと同じで特に感慨もない。ちょっとさびしい。その辺にいる人も、白人の割合は少ないけどドイツでもそこそこ見かける顔立ちだし。ただ、いつも以上に言葉が分からない。

まずは両替所へ。300ユーロを渡すと、結構な札束が帰ってきた。いまいち物価が掴めないけど、これでモロッコ人の平均月収を超えるらしい。ぶらぶら空港内を歩き、駅を確認し、24時間営業らしい喫茶店に落ち着いた。周りには俺と同じように始発を待っているらしい人がたくさん。コーヒー1杯13DH。それだけでずっと居座ってもいいらしい。

それにしても、特にすることもなく夜の2時から3時間以上の時間をつぶすのはしんどい。初日はカサブランカに泊まるべきだったか。何にしても、マラケシュの宿くらい押さえとくべきだったか。見つからなかったらさすがに困るな。いくら予定を決めない旅でも初日くらいは決められたな。なんて思いながら過ごした。

携帯の確認をしてみた。予想通り、使える。ローミング先はIAMと出てきた。モロッコにはIAMという顧客がいたなあ、と、何となく縁を感じてしまう。そしてパダボーンの空港で買ったSUDOKUが役に立つ。暇つぶしにはとてもいい。旅行前だというのに、なぜかガイドブックを読むより過ごしやすい。

そして5:30頃、改札へ。切符を買う。フランス語はまったく分からない。一等車でマラケシュ、と言ったものの、乗り換え便の切符は買えないのか、4つめの駅でまた切符を買って乗り換えろ、と言われた。始発は5:50と表示されていたのだが、切符には6:50とあったので確認しようとしたら英語のできる人が助けてくれた。なぜかは知らないがそこは気にしなくていいらしい。

列車は6:10に客を乗せてやってきた。乗り換えに万全を期すため、さっきの親切な人について行くことにした。で、また、中国人か?と聞かれた。フランス語しゃべれないの?とも。ガイドブックを見せたら、この街はいいところだよ、なんていうふうにいくつかの街を勧めてくれた。いずれは行ってみたいもの。

切符売り場では4つめの駅で乗り換えろ、と言われたけど、実際には6つめの駅だった。カサブランカの長距離列車のターミナル、カサ・ヴォワジャー駅。ここで新たにマラケシュまでの切符を購入。気持ちよく寝るために一等車。125DH、安いもんだ。

時間通りにやってきた列車のコンパートメントへ。シートは快適。しばし車窓を流れる景色を眺め、眠りに落ちる。ふと目を覚ますとまさに異国。誰だ、さっき異国情緒に欠けると言ったのは。眠っては時々目を覚まし、車窓を流れる風景に感動。地平線から朝日が見え。瓦礫の砂漠かと思ったら多少の緑が広がったり。と、飽きない。でも寝てしまう。少し寒く、膝が冷えた。

3時間ほどでマラケシュに到着。アナウンスはなかったけど。

外に出ると、すぐにタクシードライバーに捕まった。広場まで25DHとのこと。ガイドブックには15~20DHが相場と書いてあったけど、このくらいならまあいいか、と乗車。どのホテルに行くんだ?と聞かれ、まだ決めてないというと一つ紹介してくれた。グランド・オテル・タジ。ガイドブックの中には見つけられなかったけど、良しとした(あとでゆっくり見たら地図には名前が載っていた)。いちおう決める前に部屋も見て、シャワーも確認して、問題なし。

タクシードライバーはそのまま、250DHで街のガイドをすると言ってきた。まあ悪くない話だ。良さそうな人だったし。彼は歩いては行きにくいところを選んで連れて行ってくれた。

市街地を通り、郊外へ。街はどんどん拡大中だとか。モロッコ風Ibisもあった。外国人居住区は閑静なところ。緑の中にぽつぽつと建物があり、エリアの入り口には門番。アメリカ人、イタリア人、フランス人とかの金持ちが住んでいるのだそう。1㎡あたり1000ユーロだとか。その前に今自分がドイツで住んでいるアパートの家賃を聞かれたので、それがこのあたりの家賃かと思いこんで驚いたけど、売値だったらそんなもんかな。

15万本のヤシの木が生えているという砂漠?で、ノマドの青年にラクダに乗せてもらった。動物に乗るのは初めて。背が高い。30分、200DHはちょっと高い気もしたけど(後で見るとものすごく高い気がする)。ノマドの青年はフランス語とスペイン語なら話せるけど英語はだめだと。ほとんど会話にならない中、アラビア語の挨拶を教えてもらった。戻って200DHを支払うと、横から来た元締めのような人がかすめ取るように持って行った。彼にはチップを10DH渡したけど、それで良かったのかよく分からない。彼の顔は少し寂しそうに見えた。

定番と思われる皮なめし職人地区へ。こんな狭い道に車で入っていいのか、ってとこを通り、片隅に車を止めると別の現地人がガイドをすると言って寄ってきた。ドライバーには彼に付いていけと言われ、付いていった。皮なめしの作業場は想像通り、酸っぱいにおいがした。特に感動もなくそれを眺め、土産物屋に案内され、軽く見て何も買わずに戻った。

2つの庭園に立ち寄り、時間になった。モロッコ料理が食べたい、と言ったらレストランに案内してくれた。いかにも外国人向けの高級レストラン。メニューを見ると400DH・・・あまりの高さに引き気味になりつつも、タジンとクスクスを食べられるメニューを選び、ビールも頼んだ。

料理を注文したところでガイドとお別れ。いいガイドだったし、300DHくらい払ってやるか、と思って財布から札を取り出したら50ユーロ札が見えてしまい。ユーロが欲しいと言われた。200DHのお釣りをもらっても損なんだけど、まあ良しとした。そこには駅からホテルの25DHも含めたつもりだったんだけど、そんな暗黙の了解はあるはずもなく。それはそれできっちり要求された。ま、そんなもんだろう。

コースは軽く2食分はあったと思う、だいぶ残したけど腹いっぱい。やみつきになるような味ではなかったけど、まあおいしかった。

ホテルに戻ろうと道を歩く。道路を渡るのが非常に難しい。そこには信号なんてないし、車の流れは止まらない。半ば強引に踏み込んで車を減速させるのが正しい渡り方のようで。

フナ広場に行こうとしていたら砂漠ツアーの客引きに捕まった。道ばたで誘われるのにはご注意、なんて話があったけど、とりあえず話を聞いてみることにした。行程、料金など、しっかりした説明があり、真偽のほどは不明だがLonely Planet推薦のツアー会社だと。Webサイトもあると。行こうと思っていた2日後はすでに参加多数で、950DH。悪くない。で、100DHのデポジットを払って参加表明。ほんと、モロッコに来てから勧誘されるがままだな。

残りの金額を翌日に支払うため、ATMに並ぶ。Deutsche Bankのカードを入れ、さくっと1000DH入手。ほんと便利な世の中で。

フナ広場はガイドブックで読んだとおりの場所。正直、ヘビは苦手なので蛇遣いは勘弁して欲しい。オレンジジュース屋台の兄ちゃんに声をかけられたが、腹いっぱい過ぎてそれすら無理。その先のスークの迷路をちょっと歩いて、いったんホテルへ。

いい加減体もかゆかったのでシャワー。ちゃんとお湯が出るのがありがたい。ついでに着ていたシャツとパンツ、靴下を洗う。さっぱりしたところで一息ついて改めてお出かけ。暗くなってきた。今度こそ、とオレンジジュース。生搾り、うまい。安い。3DH。お兄ちゃんも愛想がいい。13番の屋台、覚えておこう。

改めてスークへ。ここではよく、「日本人?」と声をかけられる。さすが商売人は見る目が違うのか。適当に声をかけられた人に捕まって、いくつかの店を案内してもらった。ジュラバという魔法使いのローブのような服がちょっと欲しくなった。砂漠から戻ったら買おうかな。

ただ見てるだけ、と言っているのに、案内人は「それでおまえは本当は何が欲しいんだ」、とうるさい。ちょっとイラつきながら歩くと帽子屋が。砂漠は寒そうだからこれはあってもいいかも、と、試しにかぶってみて、買うことに。120DHと言われた。ありえん。で、交渉が始まる。あとにして思えば、始めた時点で俺の負けは決まっていた。最大50DHならありか、と思ってそう言ったために、120:50→100:70→90:80=85DHとなり、それで買ってしまった。85DHは高い、ドイツでもその値段で買えそうだ。

さらにぶらぶら歩き、広場へ。何か食べてみたいのだがいまだに腹いっぱいで。昨日からろくに寝てもいないし、あくびも出てきたのでホテルに戻って寝ることにした。

2006-12-25 Montag
終日、マラケシュ。マラケシュ泊。

12時にいったん目が覚めたけど、8時過ぎまで寝てた。少し寒くて深い眠りとは言えなかったけど、よく寝た。とりあえずホテルで朝食。無意識にドイツのホテルのビュッフェを想像していたらしい、彩りのなさに少しがっかりしたけど、ま、そうだわな。パンと薄味のスープはなかなかうまかった。

屋上でのんびり今日の予定を考える。と言っても旧市街を歩くだけなんだけど。とりあえずはスークの向こうの見所がかたまっているところに歩いていくことにした。

フナ広場でオレンジジュース。これは文句なしにうまい。そして適当に歩き・・・迷った。想定内ではあるが。だんだん観光客がいなくなり、子供がなにやらそっちは行き止まりだ、と教えてくれているようだったので引き返し、適当な角を曲がり、人の後ろに付いていった。どこかに通り抜けられるだろう、と思って。ところがその人は知人宅を訪ねていたらしい、その先は行き止まり。そこでまたも別の子供が話しかけてきた。行き止まりだと教えてくれているようだった。

来た道を引き返し、別の通りをいくと城壁の外に出た。ぼんやりと地図を眺めながらタバコをふかしつつ、居場所を確認。すると、何かをくれ、という感じで少し離れたベンチから老人が声をかけてきた。暇だったので近くに行って、タバコを差し出したが受け取らない。でも何か欲しいらしい。金か?それにしても、人に物をもらおうってのに遠くで座ったまま呼びつけるってどうよ。

城壁の中に戻る。居場所を地図上でなんとなく確認したものの、結局すぐに道は分からなくなった。でも方向は合っていたようで、しばらくして当初の目的地、博物館に着いた。博物館とベン・ユーセフ・マドラサという昔の学校、クッバ・バアディンという水利設備の3点セットのチケットが60DH。建物は壁の装飾が凝っていて綺麗だった。

スークを抜け、広場に戻ったのが1時。昼飯を食うことに。眺めのいいレストランのテラスでタジンを注文。観光客向けの店だけど、今日のは100DH。量も適量。混んでいるテラスに一人で座っていたから、中年夫婦に一緒に座っていいかと聞かれ、快諾した。ロンドンから来たというイギリス人のおばちゃんは、クリスマスなのにここでは誰もキャロルなんて歌ってない、サイコーだわ、と言っていた。そか、今日はクリスマスか。

食事のときに頼んだ水は1.5リットルのペットボトルで出てきたのでホテルに持ち帰り、ツアーの残金を支払いに行った。日本人らしき男の人が一人で話を聞きにきていた。旅慣れた雰囲気のある人ではなかったけど、似たような旅をしている人もいるんだな、と思った。

クトゥビアに歩く。広場からもよく見えたけど、近くで見るとまた違った感じで綺麗。ただ、残念ながら中に入れなかった。いつもダメなのか、たまたま礼拝の時間だったのかは分からないけど。

トイレがあったので立ち寄ると、アラブ式トイレだった。小だったので問題なかったけど、このスタイルで大はしたくない。綺麗でないトイレほどチップが必要なケースが多い気がする。1日中この臭いの中にいるというのはどういうもんなんだろう。

周りの公園では女の子たちがはしゃいでいた。かばんを取り上げて泉に落とすフリをしてきゃっきゃやってる。しばらく見てたら、フリじゃなしにほんとに水につけやがった。中身は当然ぬれてしまい、やられた子は本気で怒っているようだった。いじめ?

しばし歩き、ベンチで昨日の日記を書く。なぜか通りすがりの女学生に笑われた。変か?

史跡地区へ。アグダル門は夕方が美しい、とガイドブックにあったので、そんな時間に。確かに美しかった。だけど観光バスが邪魔でいい写真は撮れず。それでも撮ったけど。

ついでサアード朝の墳墓群へ。そこそこ見ごたえはあったけど、ちょっと驚いたのは、もっとも荘厳とされる部屋の前に行列ができていたこと。2、30分待った気がする。暇だし、周りや待っている人たちを眺めているのも悪くなかったけど、グループの間に並んでしまったらしく、自分越しに話をされるのは微妙な気分。いちおう待った甲斐あって、それはそれは荘厳な部屋でした。

で、別の見所を目指して歩くと、またもやさくっと迷った。しばらく歩くと予定外だけど別の見所、バイア宮殿の前に出た。で、10DH払って見学。広くて、よく造りこまれた宮殿で、庭園も見事。途中で日本人のおばちゃんの会話が聞こえてきた。「豪華、豪華」と。うん、同意。

夜も迫ってきたところで砂漠から帰る日のホテルを予約しに、ガイドブックで目をつけていたホテルに歩いていった。迷路を進み、人の助けを借りてようやくたどり着いたのに、満室。しかたなく、今泊まっているホテルを予約しようと思い、歩き、また迷う。しばらく歩いて、声をかけてきた人に道を尋ねると気持ちよく教えてくれた。ありがとうと言って歩こうとすると、店を見ていけと言う。で、売り物をいろいろ説明してくれた、というか説明を聞かされた。残念ながら、香料とか、化粧品とか、全然興味ないし。相手も俺が買い物しなさそうな雰囲気を感じていそうなんだけど。で、広場に復帰。

今日こそは、と屋台へ。一つ目の屋台ではスープと羊肉のシシカバブを食す。そんなにうまいもんでもない。隣には日本人カップルがいた。彼らが帰ると入れ違いでまた日本人カップルが来た。と思ったら、男は昼にツアー屋で見た人。一人旅じゃなかったのか、となんか少し負けた気分に。

ホテルに戻り、予約をしようとしたらここも満室。ちょっと焦り、部屋に戻り、ガイドブックを見ながらめぼしいところに電話。断られること3回、最後のひとつは話し中。諦め気分で少し待ってもう一度かけると28日はOKとのこと。29日は後になってみないと分からないけど、少なくとも砂漠からマラケシュに戻っても路頭に迷う心配はなくなって、ほっと一息。

シャワーを浴び、改めて何か食おうと広場へ。カタツムリ?を食べて見た。サザエのつぼ焼きのようでもある。まあ、食えるってとこ。別の屋台で羊肉のカレー煮。これはなかなかうまかった。ほんとはそこに置いてあった、脳みそを食べたかったんだけど。で、またしてもオレンジジュースを飲んだら腹いっぱい。ちらっとスークを冷やかして、9時ごろ、ずいぶん早い時間だったけど寝ることにした。

この日スークを歩いてて思ったのは、商売人は見る目が肥えてるってのもあるのかもしれないけど、それ以上に彼らが日本人を期待しているんだろうな、ということ。とりあえず日本語で話しかけて反応を見ている。通りすがりの日本人好きのモロッコ人に声をかけられて少し話したとき、韓国人かと思った、と言われた。今日はたくさんの日本人を見たし、これだけ日本語で話しかけてくる人が多いってことは、観光客も多いってことだろうな。最近は中韓からも多いんだろうけど、歴史が違うってとこか。

2006-12-26 Dienstag
砂漠ツアー初日。マラケシュ発、ダデス峡谷泊。

ツアー初日。6時に起き、6時半に階下に下りると真っ暗。眠そうに起きてきたスタッフによると朝食は7時から。ツアーの集合時間も7時。1食、損した。

時間通り7時に集合場所に行くと30人くらいが集まっていた。他方面のツアーも合わせて、だけど。なんだかんだで30分くらい待たされた後、ミニバスに乗って出発。ほどなくドライバーの携帯が鳴り、引き返す。集合場所で2人を追加し、8時にようやくほんとの出発。

メンバーは18人。カップル8組とアジア系男と俺。アジア系男は日本人に見えなくもないが、どことなく違う雰囲気。他、中国人カップルが一組。中国人と思しき女の子とヨーロピアンかなあ、という男のカップル。他はみんなヨーロッパ人って感じ。うちラテン系が一組、イタリアか?隣に座ったカップルはロンドンからだった。昨日もそうだったし、ロンドンから来る人、多いのかな。

そしてバスは一路、アトラス山脈へ。風景を描写する言葉は持ってないので、ただ、すごい、と。山脈がどんどん近づいて、道路以外は雪に覆われた景色になった。ドイツでもまだまともに見てない雪をアフリカで見るとは。

そして峠で撮影タイム。そこで中国人?女性とヨーロッパ人?男性のカップルに写真を撮ってくれと頼まれ、女の子が台湾からロンドンに留学してると判明。彼女はすごく寒そうにしてたんだけど、寒がりかたがどことなく日本人と似ていておもしろかった。ヨーロッパの女には見られない仕種だ。

バスはその後もちょくちょく見所で止まっては撮影タイムやトイレ休憩をくれた。そのたびに物売りが寄ってくるのだけど、成功率は低いらしく意外にも遠慮がちで、しつこさはない。

12時過ぎに最初の山場、アイト・ベン・ハッドゥに到着。いや、すごい。

歩いてると、ガイドをして金を取るんだろう、という感じの少年が寄ってきた。半ば無視しつつ歩いたんだけど、クサル(要塞化された村)までの間にちょっとした川があり、歩いて渡るにはちと厳しい水量だったので諦めて話すことにして、ロバに乗せてもらった。

ロバは10DH、まあ良心的。後でいくらガイド料をとるのか、と逆に疑わしくなったけど。しばし歩くと、日本人ですか?と声をかけられた。奥さんが茨城にいて自分もそこに住んでいたという彼は、それが嘘ではないと分かるほど日本語がうまかった。日本人と結婚してるとか日本人の彼女がいるって言う人、けっこう多いけど。

彼の家に連れて行かれ、テラスからすばらしい眺めを見せてもらい、世間話をして、ミントティーを振舞ってもらい、やはり、という感じで商談タイム。短い停車時間を有効に使いたいんだけど、なんとなく彼のことが気に入ってしまった。小さめのカーペット(テーブルクロス?)が150DH。実際、悪い値段でもなさそうだし、1枚くらい欲しかったし、で購入。

時間も迫ってきたので戻ると、少年はガイド料100DHを要求してきた。よくもまあ、そこまで。せっかくいい子やなあ、と思っていたのも軽く吹っ飛ぶ。10~20DHが相場かなあ、と思いつつも、小銭を切らしていたので50DH渡した。円にしてみりゃ大した金額でもないわけだけど、気分は良くない。

帰りのロバも10DH、と言いつつ、別の少年に先導されて川を渡ると20DHよこせと言う。10DH渡して、そう言っただろ、と言ってもあと5DHくれ、とか言う。イラついていたので面倒になって渡した。こういうもんだ、と分かってはいても、これさえなきゃもっと気持ちいいのに、と残念に思う。

時間通りにバスに戻るとそこには俺だけ。少し待つと少しずつ帰ってきたけど、全員が揃ったのは20分後。想定内、ではあるんだけど。そんなことならもう少しゆっくり見たかったな。

ワルザザードに移動し、遅めの昼食。一部の人は欠けたけど、みんな一緒に、って感じになって嬉しい限り。ヨーロッパ人かと思っていたタイワニーズの彼女の彼はブラジリアンだった。やはりロンドンに留学中。他、早口の英語での話し振りからイギリス人だろうってカップル。謎のアジア人はかなり慣れた感じで英語を話していた。

レストランのメニューはフランス語と、日本語だった。誰かがフランス語読める人いる?って聞いたけど反応なし。俺が日本語なら読めるよ、と言っても謎のアジア人は反応なし。やはり日本人ではないらしい。

食事を終えたころにはなんとなくツアー客同士、一体感が出てきた。公用語は英語。多少できるようになってて良かった、と心底思った。

バスに戻るときに謎のアジア人に話しかけてみた。それまで、今ひとつフレンドリーさに欠ける感じだし特に話さなくてもいいか、と思ってたんだけど、食事中にそうではないことが分かったので。で、イギリスで大学を出て働くシンガポール人と判明。なるほど、英語には困るまい。でもキミの英語、俺にはとても分かりにくいよ。

バスは一路、ダデス峡谷へ。いやはや、絶景かな。写真ポイントでイギリス人が言った、Amazing。なるほど、こういうときはそう言うのか。でも出発が遅れてたりして時間が押していたのだろう、陽は当たっていなかった。もうちょっと早ければ夕日が絶妙でもっと絶景だったんじゃないかな、と思った。

ホテル到着は夕暮れ後。チェックイン時、シングルと言ったらそんなのはないと言われた。なるほど、シンガポール人と同室か。さっき一声かけといてよかった。夕食までの時間に交代でちゃっちゃとシャワー。明日はシャワーどころではないし。それにしても、部屋がものすごく寒い。暖房完備のドイツではありえん体験。

夕食の部屋も寒い。食事はクスクスとチキンの煮込み。うまかったけど質素な感じ。夕食はツアー費に込みだったけど、みんなで水とミントティーを頼んだらきっちり請求された。代金にはほんとにぎりぎりしか含まれてないんだな。18人で割り勘。まあこの場合そうするしかないんだろうけど、なんとも。

食後しばし歓談、となったんだけど、だんだん英語に疲れてきた。イギリス人の早口は半分くらいしか分からんし。みんなが笑ってるところで聞き返すわけにもいかないし。まだまだ修行が足りんのう。

台湾&ブラジルと話してたら変な服を着て代々木公園に集まる人々の話になった。彼が内股で首を傾けて手を振って、その真似をした。うまく特徴を捉えるもんだな。ゴスロリっていうらしいよ、と教えてあげた。彼らはファッション関係の勉強をしているとのことで、日本のそんな衣装にも興味があるらしい。

ブラジルの彼がテレビない?と聞くと、ホテルのスタッフが彼らの部屋に入れてくれた。こんなところでテレビを見たいとも思わないけど。モロッコ山奥の峡谷でも衛星のおかげで鮮明な映像が映る。やっていたのはアメリカの有名なドラマらしい。英語の音声にアラビア語の字幕がついていた。そういう時代なんだねえ。

部屋に戻るとさらに底冷え。息、白いんですけど。

2006-12-27 Mittwoch
砂漠ツアー2日目。サハラ砂漠(メルズーガ砂丘)泊。

寒い夜だった。念のために持ってきた寝袋が役に立ったけど、それでも。

朝食は7時から。コーヒーまたは紅茶に定番のパンと、やはり質素な食事だった。肉・野菜を期待してはいけないのだな。

谷を出てしばらくし、トドラ峡谷へ。このあたりで一番のオアシスだそうだ。バスを降りて、ガイドについてしばし散歩。畑のあぜ道を歩き、村へ。やはり迷路のよう。その中の一室に案内され、ちょっとした歓迎を受けた。どこから来た?との質問に、全員が順に答える。イギリス人だと思い込んでいたのはカナダ人。中国人と思っていたのはタイ人。意外にも、オーストラリアとニュージーランドのオセアニア勢が最多だった。

そこで、ベルベルのカーペットにはストーリーがあると教えてくれた。一つ一つの模様に意味があって、それは砂漠を行くキャラバンだったり、サソリだったり、カスバだったり。凝った物になると、一人の熟練した女性が3ヶ月ほどかけて作るんだそうだ。1日2時間労働だそうですが。そんな凝ったやつのお値段は3000~5000DH。という流れで商談タイム。2組が買っていた。たぶん説明してくれた彼が言ったのは本当で、マラケシュで買うより安いんだろう。

バスに戻り、絶景の谷へ。ロッククライミングでも有名だというその岩を数人のクライマーが登っているのを見た。谷を30分ほど散策し、昼食を済ませ、一路砂漠へ。

途中で道路がなくなり、どこを走るのよ?ってだだっ広い瓦礫の荒野を行く。ドライバーにはそれぞれの哲学があるのか、同じ場所に向かっているのに別々のルートを取る。それにしてもよく迷わないもんだ。目印ないし。

ガイドブックにはランドローバーのツアーに参加しよう、なんてことが書いてあったけど、見かけるのはトヨタのランドクルーザーばかり。そんなランクル、さすがはオフロード車。バスとの差は歴然。轍とか瓦礫を気にしてはがたがた揺れながら行くバスを尻目に、砂埃を上げて快走していく。

途中、小高くなっているところで撮影タイム。するとどこからか子供が。驚いた。周りには何もないし、裸足だし。何が欲しくてそこへ来たのかはよく分からないけど、クッキーをもらってまんざらでもない様子だった。

遠くから見た砂丘はほんとに丘。山のようにこんもりと盛り上がってる。何もそこを通らずとも迂回すればいいんじゃない?というふうに見えた。

砂丘はなんとなく始まっているのではなくて、はい、ここから、って感じで、それまでの瓦礫の荒野とわりとはっきり分かれていた。で、その境界辺りにベースとなっている建物があって、そこでラクダに乗り換え。

このラクダ、鞍というか、背中に乗せられたスポンジがへたっているせいか、非常に尻が痛い。拷問に使われる三角椅子?に座らされたらこんな感じだろうか。しかもそれが揺れる。食い込む。いや、ほんと拷問。ラクダのコブってすごく硬いのよ。

しばらく進んだところでこのままでは尻の皮がすりむけるんじゃないかって思ってたころ、先導の砂漠の民に「そこのお前もっと後ろに座れ」と言われた。そうか、座り位置が悪かったのか。コブから外れたところに座って、ようやく落ち着いた。

1時間ほどラクダに揺られ砂丘を歩き、あたりがほぼ真っ暗になったころ、目的地のテントに着いた。今日も寒い夜になりそうだ。

3、4張のテントの間に敷かれた絨毯に座り、星を見たり話をしながら食事を待つ。タイ人といろいろ話した。正直、Non-Nativeじゃないほうが話が楽でいい。そんな話の中、シンガポール人が聞いていいのかどうか分からないんだけど、と言いながら、日本人はどんな歴史を習ってるの?と聞かれた。史実どおりだと思ってるよ、と答えてみたけど、伝わってるのかな。

食事はジャガイモとにんじんとチキンを煮込んだもの。肉じゃがっぽくてうまかった。日本の肉じゃがに似てる、って言ったら、タイ人の女の子が肉じゃが知ってると言った。日本に2ヶ月くらいいたことがあるそうだ。いろいろ話すにつけ、皆日本をよく知っていると思う。特に食べ物は。

食後まったりしてると、一人が砂丘に登ってみない?と言った。そしてみんなで月明かりの砂丘を登り始めた。ちょっとそこの丘に登ってみるか、という気分だったんだけど、これが想像をはるかに超えるしんどさで。坂は急だし砂は崩れるし、10歩歩いても2、3歩分しか進まない感じ。息も絶え絶え、何度かの休憩を挟んでようやく頂上へ。

月明かりに照らされた砂丘はなんとも幻想的で。一眼レフと三脚を持ってきた人が、月明かりで人影を写していた。自分では写真が取れなかったのが残念。

テントに戻ると、キャンプファイヤーのように火を囲んで音楽を楽しませてくれた。アフリカっぽい、ベルベルの太鼓で。

なんか、日本人は絡みやすいのか、彼らに「ジャパン」と呼ばれて何かと話しかけられた。俺の名はジャパン。ドイツに住んでると言ったらドイツ語で話された。彼らの言語能力は大したもんだ。Nür ein bisschen. と言ったら Ein bisschen ist besser als nicht. と言われた。砂漠の民にドイツ語のフレーズを教えられることになるとは思わなかった。

夜も更けて、だんだん人も減っていった。そんな中、帰るタイミングを逃して最後までそこにいた。おかげで毛布を一枚余分にもらえた。代わりに?タバコを2,3本とられたけど。

テントに戻ったものの、寒くて寝付けない。鼻水も止まらない。しばらくの間我慢して眠ろうとしたんだけど、そのうち小便もしたくなって外へ。月が沈んだ後の星空は素晴らしかった。ここで星を見ながら寝よう、と毛布を巻き付けて横になった。1時間くらいはそこに居たかな。風が出てきてさすがにかなり寒くなって、テントに戻った。何とか眠ることができた。

2006-12-28 Donnerstag
砂漠ツアー最終日。つーかひたすらマラケシュに帰っただけ。マラケシュ泊。

かなり寒いテントでの浅い眠りはすぐに覚めて、外へ。改めて、朝の砂丘に登った。改めて、しんどい。昨日より一段高いところで朝日に照らされた砂丘を眺める。他にもいくつかのキャンプが見えた。結構たくさんの人が来ているようだ。

そしてまたラクダに乗って帰る。ベースに到着するとなぜか名指しで呼ばれ、タバコをくれ、と言われた。箱ごと。これラストだからそれはちょっと、と言って2,3本渡した。どうも日本人ってだけでたかられているらしい。朝食を済ませ、くつろいでいるとチップを要求された。何で俺だけ?って聞いたら、とりあえず日本人にはたかることにしてるんだ、と悪びれもせず言われた。良くも悪くも、日本人は特殊なんかなあ。

9時半、再びバスで走る。途中でフェズに行く6人と別れ、ひたすらバスは帰路を行く。今日はただ帰るだけ。半分以上は寝ていた。鼻水が止まらない、寒気がする。あの状況で風邪をひかない方がおかしいって話で。他にも何人か、体調を崩していそうな人がいた。

昼ご飯を食べているときにメールアドレス交換がされた。回ってきた紙に自分のアドレスは書いたけど、自分から書いてもらうことはせず。風邪+英語疲れでどうせこの後メールなんて書かないだろうし、と冷めた気分になっていた。

夜9時頃、ようやくマラケシュ到着。少し心配していたんだけど、ホテルはちゃんと2泊取れていた。体調不良の中、何か食わねば、とフナ広場へ。魚とイカのフライを食べた。一つは火が通っていなくて食べられなかったけど、他はなかなかうまかった。

ホテルのシャワーはしばらく使っていたら水になってしまったけど、部屋にはオイルヒーターがあって暖かく眠れた。

2006-12-29 Freitag
終日、マラケシュ。マラケシュ泊。

目が覚めると午後1時。風邪は治っていない。2泊できてほんとに助かった。そしてやはり何か食わねば、とフナ広場へ。オレンジジュースを飲み、前に泊まっていたホテルへ向かう通りで食事。クスクスは柔らかくて、ちょっと体調が悪いときにも良さそう。

先日、街を歩いていて少し話したモロッコ人が日本人を連れていて、また少し話した。彼がこないだ言っていた日本の友達なんだろうか。その、学生かなって感じの日本人とは話さなかったけど。

ひたすら部屋で寝ていれば回復するわけでもなさそうなので、薬を飲んで、伝統工芸館へ。特におもしろくはなかった。旧市街を抜けて、ホテルに戻り、屋上でくつろぐ。屋上はくつろぐために椅子やテーブルがあって、他にものんびり昼下がりを過ごしている人がいた。体調も少しは良くなった。

日記を書き、暗くなる少し前に部屋に戻り、さらに休憩。そして7時頃、広場へ。砂漠に行く前にはマラケシュに戻ったらジュラバやアンモナイトの化石、その他何かおみやげに買おうと思っていたのに、なぜかどうでも良くなっていた。こうなるとスークを見てもそんなに楽しくない。

適当な屋台で食事。スープとシシカバブ。今日は鶏肉にしてみた。羊よりは鶏のほうがいいな。食事を終え、またホテルに戻り、本を読んだりSUDOKUをやったりして、眠くなるのを待った。

2006-12-30 Samstag
マラケシュ→カサブランカ。カサブランカ泊。

8時半に目が覚めた。体調はかなり良くなった模様。チェックアウトは12時とのことだったので、外へ。地元民向けっぽい、通りの店で朝食。クレープ&はちみつと、お茶。13DHだったけど、小銭が11DHしかなかった。100DH札を渡したけれどお釣りがなくて、11DHで済んでしまった。ちょっと申し訳ない感じ。

ホテル代がいるのでお金をおろす。ATMからは細かい札が出てこなかったので隣にあった窓口で両替。200DH札を50DHx2と20DHx5に両替できた。最初からこうするべきだったのか。

改めてスークを歩いたけれど、もう特に目に留まるものもなく、ホテルに戻った。少し息が切れていた。まだ万全ではないようだ。しばらくSUDOKUをやりながら落ち着いていると、ブレーカーが落とされたのか、電気が消えた。頃合いか、と思ってチェックアウトすることにした。

料金は1泊400DH。で、見習いだという受付の女の子からは1泊分しか請求されなかった。けどそこはいい人なので、ちゃんと2泊したよ、と言って800DH払った。

荷物を持って広場に行くとすぐにタクシーからの誘いを受けた。駅まで、いくら?と聞くと、50DHと返ってきた。高い、と言ってその誘いを無視して、少し歩くとまた別のタクシー。今度は20DHだと。相場はそんなもんらしいんだけど、こっちも多少疑り深くもなってるというもんで、念のために20DH札を見せて、これだけ?と確認して乗った。

運転手は良さそうなおじいちゃん。自分が日本人だと伝えると、つたない言葉で一生懸命、日本をたたえていた。アメリカは嫌いだけど日本はいい、とも。アラブ人のアメリカ嫌いは日本を誉めるための単なるリップサービスというわけでもなさそう。

駅に着いて、カサブランカまでの切符を購入。1時の列車。時間があったので近くのカフェへ。本を読んで過ごす。

マラケシュに来たときの列車は空いていたんだけど、今日のはえらい混んでた。みんな荷物大きすぎだし。自分の席は2号車だったので端から2つめの車両に行ったら、それは1号車だった。外に出てよく見るとなにやら1と書いてあった。何とか自分の席にたどり着く。定刻に発車。

で、SUDOKUすること3時間半、カサブランカに到着。ホテルは駅から見えた。楽。ヨーロッパのチェーンホテルは少し値が張るけど、快適。シャワーを浴び、BARで本を読みながらビールを2杯。街に出る気もなかったのでホテルのレストランで夕食。クオリティは今ひとつだけどワインも飲めて満足。病み上がりにはちょうどいい、特に何もない日だった。

2006-12-31 Sonntag
カサブランカで過ごす。空港からドイツへ。

事実上の最終日。長い日になるので、まずシャワーを。ホテルで朝食。やはり質は今ひとつなんだけど、ヨーロッパ風の朝食が嬉しかった。チェックアウトし、荷物をトランクルームに置いて出発。

まずは空港への終電確認。夜10時とのこと。今日はそれまでどう暇をつぶすか、という日になりそうだ。

で、歩く。暇なので、少し距離はあるけどハッサン2世モスクまで歩いていくことにした。

途中、羊の頭を焼いているのを何度も見かけた。ベッドやソファのスプリングをグリルの網にするのが定番らしい。今日は年に1度の犠牲祭という特別な日。そのせいだろう、街は閑散としており。旧市街のメディナにようやく人だかりを見た。

焼かれる前後の羊の頭がころがっていて。これから絞められるであろう羊が悲しそうな声をあげて。絞められたてと思われる肉塊が吊されていて。剥ぎたてと思われるムートンのような皮が干されていて。血溜まりができていて。なかなかに血なまぐさい光景だった。

メディナを抜けるとモスクのミナレットが見えた。何とも立派。

青空と大西洋を見つつ、ふと、日本では今紅白やってんだなーと思って、実家に電話をしてみた。今年も美川憲一が頑張っていたところだった。

しばらくくつろいでから中心街へ。港の前を通ってみたけど海は見えず。駅前の店も閉まっており。他に選択肢もないのでマクドナルドに入った。ビッグマックセットが41DH。やはり物価は日本の70%くらいといったところか。

目抜き通りの店も全部Close。さてどうやって過ごしたもんか。ぶらぶら歩いて血なまぐさい街を改めて見て、ハイアットのバー、カサブランカに行くことに。映画も見たことだし。入り口で手荷物チェックなんかしてるそこはかなり豪華。完全に気後れしているんだけど、何食わぬ顔で歩く。バーが見あたらない。聞いてみると、トラブルとやらでClose。ほんと見所ないぞ、カサブランカ。

せっかくなのでトイレを借りておいた。超高級に見えるホテルでもトイレの隅はモロッコって感じで。手抜くなよ。

外に出て少し歩くと、怪しげな男に2.50EURを25DHと替えてくれ、と声をかけられた。今日帰るわけだし、特に問題もないので替えてやった。日本人、ドイツに住んでる、と言ったらなぜかご機嫌になって、茶を一杯おごろう、付いてこい、と。怪しげではあるが、暇なので付いていく。なんだかんだ話しながらぶらぶら歩く。彼は英語がだめらしく、俺もフランス語分らんし、なにやらご機嫌らしいが困る。で、何か目的地があるというよりぶらぶらして連れ回されてる。多少不安になり、時間があるから、と言うと、いったん通った公園に戻って、ベンチで待ってろ、と。ここでようやく彼の言葉の断片がはっきりつながった。連れ回されていたのではなくて、街の中心部を案内してくれていたらしい。何のためにそんなサービスをしていたかというと、マリファナを売るため。いや、親切にも、普通はkg単位でしか取り扱わないところを俺には特別に10gとかちょっとだけ、25DH/gで売ってくれるんだと。

いらん。じゃあ5gでどうだ?いらん。すると彼、怒りだした。じゃ、街を案内したぶん金をよこせ。25DH。やだ。10DH。やだ。そしたら彼、Mother Fucker、と捨て台詞を残して去っていった。つまらん英語は知っているのな。まあ俺に非がないとは言わんが、非常に気分が悪い。

しばしベンチに座っていたのだが、また遭うのも嫌だしすることもないので、気を取り直してホテルに戻る。また歩いて。さすがに結構疲れた。

またBARでビールを飲んで暇をつぶす。7時半、またホテルのレストランへ。開店時間のはずだけど、15分待て、と。同じく待たされていた人とやれやれ、って言いながらなんとなく話をして、一緒に飯を食うことに。

彼はサウジアラビアのビジネスマン。日本人と一緒に仕事をしているところだそうだ。泉の浄化装置を作っている会社があるらしく、それをサウジアラビアで作ると日本の6割くらいのコストでできるとか。カサブランカにはそのビジネスで行った西アフリカのナントカって国の帰り、乗り継ぎ待ちだそうだ。イタリア人の妻(一人)と11人の子供がいるとか、そんな話をして楽しい夕食になった。

食後しばらく話していたらタバコが切れた。ホテルでは売っていないものらしい。で、タバコを求めて外へ。彼はタバコ売りとアラビア語で話をしていた。国が違うと方言のようなものはあるけど、だいたい話はできるもんらしい。サウジアラビアとモロッコが同じ言葉で話してるって意識がなかったから、なんか新鮮だった。

彼は箱で買おうとしたのだけど、1本2DHは高い、ありえん、と言って買わなかった。なので俺が2本だけ買って、終電まで話して、メールアドレスを交換した。電車はほぼ定刻に空港に連れてきてくれた。

少し酔いが回ったせいか、空港のカウンターとか、パスポートコントロールとか、ひとつひとつが洗練されていないのになぜかイライラした。人の良さそうな青年に話しかけられても彼が英語を話さなかったので全く話す気が起きず、愛想の悪い人になってしまった。ドイツではあまり感じないのに、なんか急に日本が恋しくなった。

そしてまたSUDOKUで時間をつぶしている間に2007年が来ていた。ドイツは1時間前に日付が変わっているし、日本なんか初日の出が登っちゃってるし。これほどあやふやでどうでもいい年明けは初めてだ。